[恋色4]




 人もまばらな午後の教室。

 土曜日の今日、授業は午前中のみで終わり。中には委員会に出席したり、午後からの部活動のために、机をいくつかくっつけてお弁当を食べているクラスメイトもいたが、その大半は、HRが終わると同時に騒ぐようにして教室を出て行った。
 今日は週末で、みな高校生ながら、いや高校生だからこそ楽しみにしていた予定がある。あかねの通う学校は学内進学者が多いためか、三年生の今頃の時期になっても予備校やら家庭教師という予定を持つものは少ない。逆に大人の世界に一歩足を踏み込む年頃だからこそ、週末の夜はデートだと嬉しそうに話す友達も増えてきた。もちろん、そんな予定はなくて大勢でカラオケとか遊園地なんて子の方がまだまだ多いけれど、それはそれでものすごく楽しそうだ。
 先週までのあかねだったら、誰よりも早く教室を抜け出していただろう。「なによ、あかね付き合い悪いじゃん」という友達の声も背中で聞いて、「ごめーん今日は駄目なんだ」と謝ってるわりには嬉しそうだと嫌味のひとつも言われていただろう。
 だが今日のあかねは、何をするでもないままに教室に居残っていた。ついさきほどまで一緒にいてくれた友達も、そろそろ部活だからと一人、二人と教室を出てゆき、とうとうあかね一人が残ることになった。

 ・・・・・・あーあ、本当だったら私も「デート組」だったんだけどなぁ。あーあ、しかも今日って頼久さんの誕生日なのになぁ。あのチケット結局どうなったのかなぁ。一緒に写真撮りたかったのになぁ。あーあ、もう何やってんのかなぁ・・・・・私。

 「うるせえなぁ」
 
 あかねが聞き覚えのある声に振り返ると、そこにいたのは天真だった。「うるせえなぁ」というのは自分になのだろうか?まわりを見回したが、今ここにいるのは、自分と天真だけだ、でもいきなり「うるせえなぁ」って言われるなんて。

 「おい、あかね。考えなくてもお前に言ってんだぜ。つーかお前しかいないだろ」
 「なっ、なんで私が天真くんにうるさいって言われなくちゃいけないのよ」
 「うるさかったんだよ本当に。お前さ、考え事する時に口に出す癖、そろそろなおせよ。みっともないし」

 年上のせいだろうか、それとも妹がいるからだろうか、天真は何故か命令口調に嫌味が無い。

 「でも、癖なんだもん。そうそう簡単になおらないよー。無理だよ」
 「無理とか言うな、バカ」

 天真がふと真面目な顔付きになり、あかねに正面から向き直る。

 「だったらあいつはどうなんだよ」
 「え?」
 「あいつっていったら頼久に決まってんだろ」
 「頼久さんがどうかしたの!?」

 天真の口から頼久の名前を聞いて、あかねは驚いた。天真は頼久から何か聞いているのだろうか。

 「ねえ、頼久さんがどうかしたのかって聞いてるの。天真くん何か知ってるの?」
 「ん、うん、ま、まあな。あれだ、ほら。一昨日だったかな、たまたまコンビニであいつに会ってさ、まあいろいろな」
  
 あかねの剣幕に天真は思わず身を引いてしまった。そして言っていいものかどうか迷っている様子で言葉を濁す。

 「え?会ったの?どこで?どこのコンビニ?ねえ、頼久さん元気だった?ねえ、天真くん、頼久さん元気だった??ねえ、いろいろって何?」
 「頼久もお前のこと気にしてたよ。お前ら本当に会ってないの?」

 頼久さんも私のこと気にしてくれてたんだ。私だって、私だって・・・

 「だから、声に出すのやめろっつってんだろーが」
 「ごめん・・・」
 「まあいいよ。で、頼久だけど、別にほんと偶然だったんだよ。まあ、頼久のほうはあんま俺に会いたくなかったみたいだけどな」

 天真が頼久に会ったのは、一昨日の深夜、バイト先のある駅に近いコンビニだったらしい。たまたまその日電車で来ていた天真は、バイトを終え終電に間に合うように駅へと急いでいた途中、コンビニの店内に見慣れた顔を見つけ思わず声をかけたようだ。

 「あの身長であの髪型だろ?結構目だってんだよな。で、なんか知らねえけど怖い顔して機械睨みつけてっからさ、声かけたんだよ」
 「うん、でも頼久さん何してたんだろ」
 「だろ?気になるだろ?だから俺も聞いちゃったんだよな」








 「おー頼久じゃん。なんだよ遅いじゃねえか残業か?」
 「っ天真!お前、なんでこんなところに」

 頼久が心底驚いた顔をして目を見開いた。

 「あっれー?何やってんの?金なくなっちゃったとか?つーか、お前すげえなATMとか使いこなしてんだ。ああ、そーいやさ、お前らメールとかもよくやってるもんな。あかねからよく聞かされてるよ」
 「て、天真。みっ・・・あ、あかねは変わりないか?」
  
 頼久の言うことを真剣に聞いていない天真は、目の前にあるマルチメディア端末と呼ばれる機械を見入ったまま、「んあ?」と間抜けな声を出した。

 「おいおい、これ何だよ。銀行のATMじゃないじゃんか。おっ、おっまえ本当に変わったなー。俺だってこんなの使ったことねえよ」

 頼久がわずかに笑ったように見えた。

 「私とて、よくわからん。やってみれば何とかなるかと思ったがそう簡単ではないようだ。ところで天真、私は・・・」
 
 ---そんなに変わってしまっただろうか。

 「ん?なんだ?」
 「いや、何でもない、それより、あ、あかねは元気にしているか?」

 あかね、と口にした頼久は天真から視線を外した。天真はこんなことを聞かれたのは初めてだと思う。いつからか、あかねのことは誰よりも頼久がよく知っているようになっていたから。

 「ん?お前ら、会ってないのかよ?メールとか携帯とか・・・」
 「して、いないのだ」
 「そっか。そうだよな、そういう時もあるよな。あかねだろ?まあ、元気なんじゃないか?悪い、実は俺もあんまり会ってないんだよ。クラスも違うし、ほら俺の方はあんま真面目に学校も・・・・・・」
 「そうか、それなら仕方ないな。だが天真、学業を疎かにしては勿体ないぞ」
 
 仕方ないと言いつつも、頼久の目に明らかに落胆の色が見えた。自分に対しての小言を忘れないところは頼久らしいと思うが。

 「おーい、よしてくれよ頼久。それよりさ」
 「な、なんだ?」
 「すっかり普通にあかねって呼ぶようになったな。前は俺がいくら言っても神子殿は神子殿だってこだわってたくせに。まあ、これだけこの世界に慣れたんだもんな。名前なんて簡単か」

 簡単なものか。
 神子殿は神子殿であって、生涯、何にも変わることのない、かけがえの無い存在。そんな人を呼び捨てにすることが私にとってどうして簡単なものか。

 黙っている頼久に天真は「お前は強い奴だったもんな」と呟いた。

 「天真」
 「なっ、なんだよいきなり」
 「お前の世界は不可解なことばかりだ。頑張ってはきたが一向に慣れることはできん。毎日、戸惑うことばかりだ」
 「そっ、そんな風には聞いてなかったけど・・・やっぱそうなのか?」
 「ああ、私はそれほど強い人間ではない。あ、あかねに笑われたくなくて、慣れたふりをしているだけで、決して強い人間ではない、それに」
 「うん」
 「名前も・・・簡単ではないぞ」







 「・・・・・・だってよ。頼久もさ、苦労してるってわけだよ」

 天真の話を聞いて、あかねはやっぱりそうだったのかと息苦しいような気持ちになった。

 「でも、なんで頼久さん・・・・・・そんな無理しなくてもよかったのに」
 「あっ、いや、それは多分、俺のせいかもしんねーんだ」
 「え!?」

 自分のせいかもしれないと天真は言う。どういうことなのか、あかねにはさっぱり理解できない。天真が頼久に何をしたのだろう。
 
 「て、天真くん、それどういう意味?」
 
 怒るなよ、と前置をしてから天真は話し出す。

 「だってよ、あいつがお前の好きなもんを教えてくれって言うから・・・・・・それに、この世界のこともいろいろ知りたいって」
 「なんて言ったの?頼久さんに何って言ったのよ!!」
 「だっ、だから怒るなって言っただろ。俺はただ、お前の好きなことを、俺のわかる範囲で教えただけだよ。お前さ、メールとかすんの好きじゃん?」
 「うん」
 
 あかねは頷いた。確かにメールのやりとりは大好きだ。

 「だろ?あと、普通にデートしたいって言ってたよな?」
 「う、うん、でっでもっ」
 「いいから聞けって。それからだな、仕事の出来る男が好きなんだったよな」
 「なっ、何言って、そんなことまで言ったわけ?」
 「おお。でもあれだぜ、一番は違うって言っておいたからな」

 一番は違うって何?私が一番好きなこと、望んでいることって?

 「お前さ、名前で呼ばれたがってただろ?」
 「名前・・・・・・」

 そっか。それで頼久さん・・・・・・

 「頼久さん、今までずっと無理してたんだ、知らなかったよ」
 「ああ、そうみたいだな。だけど、無理してでも・・・・・・お前に嫌われたくなかったって、多分、そういう意味だと思うぜ、あの言葉は」
 
 
 あかねは深く頷いた。きっとそうなのだろう。頼久のその気持ちはすごく嬉しい。でも、謝らなければならない、そう思いながら教室を後にした。
 






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