「やっぱりよく似合うね」 「え?」 「その服・・・かわいいよ」 「そ、そうかな」
エレベーターの青白い照明の下で頼久にマジマジと見つめられ、あかねは急に我に返ると、つかまっていた頼久の腕から手を離す。
・・・そうだ、頼久さんがプレゼントしてくれた服着て来たんだっけ・・・
「ハハ、どうしたんだよ、そんなに隅っこに行っちゃって。大丈夫、こんなところで大事なお姫様を襲ったりなんてしないから」 「そんなんじゃないけど・・・」 「・・・けど?」
相変わらず頼久は明るい口調でからかうようにあかねの言葉を真似る。
洋服は確かに可愛い。あかねもそれは認めていた。 だがそれを身に付けた時の自分の姿に自信などなく、頼久に褒められても、それを素直に喜べない。
「頼久さん、これ・・・ホントに似合うと思ってる?」
あかねのその問いかけに、頼久が一瞬ポカンとした顔をし、それからすぐに鼻の上に少し皺が寄って、見開いていた瞳が何度もまばたきをしながら細められた。それから呆れたような、それでいて面白くて仕方がないといったように笑う。
「あかね、君はさ自分のことちっともわかってないんだよね」 「そんなことないよ、私・・・だめだもん」 「まったく何言ってんだよ・・・・可愛いよ、とても」
そうなのかな・・・ あかねは頼久の言葉に曖昧に視線を返してから自分の胸元に目をやった。少し大きめに開いた丸い襟にそって、大きめの縫い目を見せるかのようにジグザグとリボンが一周している。そしてその真ん中で軽く絞られたリボンは、ちょうちょの形をした結び目をあかねが呼吸をするたびに、ふわりと揺らしていた。 それを見たあかねがふーっと大きく息を吐くと胸がしぼみ、リボンも元気なく静かに垂れた。
ちょうどその時、チンと音がしてエレベーターが頼久の部屋のある6階についたことを知らせた。
・・6階か・・・そういえば、あのピンクの包み・・・あの包みがあった郵便受けも6階だったような・・・もしかして頼久さんの部屋?ううん、そんなわけないよね。もう私ってば・・・こんなこと考えちゃ駄目なのに。また変な顔して頼久さんに心配されちゃうよ。
あかねが勝手に思い悩んでいる間にエレベーターの扉は開き、頼久は既に廊下へ出て、閉まりそうになるその扉を片手で押さえている。
「ほら、あかね早く」 「あ、うん。ごめんごめん」
頼久は何か言いたげに首をかしげたが、その思いを飲み込むようにニッコリと微笑むと急いで飛び出してきたあかねの手をとり廊下を歩きだした。 いくつかのドアを通り越し、奥から二番目の部屋の前まで来ると頼久はポケットを探り鍵を取り出し、カチャリと音を立てながらドアを開けた。
「さあ入って」 「お邪魔しまーす」
玄関で靴を脱いだあかねは用意されたスリッパは履かずに奥のリビングへと入っていく。 スリッパは苦手ではなかったが、どことなく他人行儀な感じがしたし、何より履きなれない靴で擦れた爪先が今はもう何も履きたくないと言っていたから。 足先に感じる冷たい廊下の感触が今は気持ちいい。そのまま奥の部屋まで行くと、ドアを開けた瞬間に温かい空気が廊下へと流れ出した。
「頼久さんもしかして暖房つけっぱなしできたの?」 「え?ほんとだ。まいったな」
頼久の部屋に来るのはこれが初めてではない。いつ来ても落ち着いたセンスのよい部屋だと思う。完璧なインテリアというのではないが、あるべきものがきちんとあり、無駄なものがない部屋というのが落ち着く空間なのだと、あかねはこの部屋に来るたびに思う。と、同時に雑誌やCDの散らかった自分の部屋と比べてしまうのだ。
・・・ほんと大人の部屋って感じだよね・・・
「立ってないでさ、とりあえず座んなよ。あ、あかねもコーヒーでいい?」 「うん、っていうか、私やる」 「いいって。俺がコーヒー淹れるのがちょっと得意だって知らなかった?」 「知ってた」 「それならよろしい。だから、ほら座っててよ」 「ん。じゃあお言葉に甘えて」
頼久が軽くウインクをしながらキッチンへと消える。 あかねはソファーに深く腰を降ろすと、あらためて部屋を見渡した。
あれ?・・・
テーブルの上に置きっぱなしにされた真新しいノートにあかねは気づいた。
スケジュール帳?あ、頼久さん買ったのかな・・・欲しがってたし。
迷うことなくテーブルの上へと手を伸ばす。ずっしりとした重さと、上質の皮の手触りに、それが高価なものなのだということはあかねにもわかった。 元の場所に戻そうとしたとき、頁の間から1枚のカードがハラリと落ち、それを拾い上げたあかねの動きが止まった。
---頼久へ---
シンプルなベージュ色のカードには綺麗な文字でそう書かれていた。
頼久、と、そう呼び捨てにできる人なんだ・・・そういう仲なんだ・・・ 私にできないこと、この人にはできるんだね・・・・・
頼久さんと自分が過ごす世界が違うことははじめからわかってた。 最初は自分に気付いてくれるだけでよかったのに、頼久に好きだと言われてやっぱり嬉しかった。 もう、それだけで十分だって思ってた。これ以上求めちゃいけないって、求めて傷つくなら、今のこの心地よい時間の中でずっと過ごしたいって。 だから、この人のように「頼久」と呼び捨てにすることも、わがままを言うこともできなかったけど、でもそれでいい、そのほうがいいんだって思ってた。 私なんて駄目だと、まだ子供だからと、だから仕方ないんだって思ってるふりして本当は、本当は・・ずっと嫉妬してた。 さっきの郵便受けの包みだって・・・あれが気になったんじゃない。自分が作ったチョコと比べて、あの綺麗な包みに嫉妬してただけなんだ。
自分の知らない世界に、知らない人に、勝手に嫉妬して、なのにそんな気持ち知らないふりして・・・私、すごい汚い。醜いよ・・・
あかねは、自分がずっと隠し持っていた本心、言葉にできなかった欲、そんな自分の見たくない思いを、そのカードに全部言われてしまったような気がして思わずギュっと唇を噛み締めた。
|