[秘密のバスルーム ・ 3]



 「さてと・・・」

 何が「さてと」なんだかよくわからないけど、テーブルを挟んで目の前には里緒がいて、今、俺は彼女に真相を聞きだそうとしている。それもできるだけ軽い感じで。
 こういう場合、やはり「さてと」と言うのがあっているような気がする。
 里緒はといえば、一瞬こちらを見たものの、すぐにまた両手でしっかりと持ったカップへと目線を落とした。よほど言いたくないことなのだろうか。俺には聞かれたくないことなのだろうか。

 恋人とはいえ、いや百歩譲って兄妹だとはいえ、いやだからこそ言えないことも、言いたくないこともあるだろう。それはいけないことじゃない。逆にそれをあえて知ろうとしている自分の方こそ、里緒に対して頑なになりすぎているのかもしれない。だけど、
 「なあ、里緒」
 結局は我慢しきれずに、切り出した。相変わらず里緒の返事はないけど、俺はかまわず続けた。

 「俺は・・・俺はお前に嫌な思いをさせようなんて思ってないよ。それだけは信じて欲しい」
 「うん」
 「だけど、どうしても気になる、ってよりさ、心配になる点がいくつかあるんだ。なあ、せめてそれだけでいいから教えてくれないか?」

 里緒の目線が、テーブルの端っこへと移る。眉はわずかにしかめられ、下唇を軽く噛んでいる。
 考えている時の里緒の癖だ。
 それから一度口を開けすぐに閉じると、今度は眉を大袈裟にひそめる。ため息とともに、まるで体の力を抜くかのように大きく肩を落とすと、里緒はチラリと俺を見てから小さく頷いた。
 とりあえず、話を聞く気にはなったようだ。

 「さてと」
 俺は何度目かの「さてと」を呟くと、少し冷めてしまった紅茶を一口飲む。香りは大分消えていて、苦味ばかりが目立っていた。
 「まず最初に、これだけは確認しておきたいんだ。何度も聞くけど本当に体の具合が悪いわけじゃないんだろうね?」
 「……」
 「え?」
 「うん、具合は・・・・・・悪くないよ」
 な、なんだ?今の間はなんなんだ?すごい気になるじゃないか!いや、病気なら病気で最終的には話してくれるだろうし、今はとにかく里緒の気が変わらないうちに先に進もう。
 「そ、そっか。じゃあ次なんだけど、俺は、その・・・お前に嫌われるようなこと何かしたか?」
 「…・・・」
 「え?」
 「何も。涼兄は何もしてないよ・・・」
 相変わらず里緒は、慎重に言葉を選ぶようにしてゆっくりと答えている。が、その答えは俺を戸惑わせるばかりだった。
 「ならどうして、さっき俺を避けたんだ?」
 「別に避けてるわけじゃぁ・・・っていうか、もういいでしょう?私もう寝るから」
 「待てよッ」
 歯切れの悪い答えと、決して俺の目を見ようとしない態度に苛立って、思わず大きな声をあげてしまった。だが、そのお陰とでも言うべきだろうか、心なしか驚いた顔の里緒がようやっと俺を見た。
 
 あ、やばい。
 泣かしてしまう・・・そう思った。そう、思ったのだが・・・

 「うるさいなあ、もうッ!もういいって言ってるでしょ。いつもいつも干渉しすぎなんだよ涼兄はッ!」

 俺の予想はあっけなく裏切られた。

 里緒は派手な音を立てて椅子を引くと、持っていたカップをテーブルに叩きつけるように置いて、さっさと食堂から出て行ってしまった。
 そこに残されたのは、テーブルに置かれた時の衝撃で飛び跳ねた紅茶の雫と、里緒の手を掴もうとしたまま宙ぶらりんになった俺の右手だけだった。


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