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「かわいそうな話を知ってるよ。」
「なになに?教えてよ」
「聖地のおとぎ話だって、父さんが言ってた」
子供達は、主に許されて庭園で遊ぶ。
遊びにあきたのか、今度は「お話」に興味を移したらしい。
「女王様と守護聖様の恋の話らしいよ」
「うわぁ〜い!聞かせてよ。早く早く!!」
昔々ある女王候補の女の子が守護聖様に恋をした。
ふたりはとってもお似合いだった。
けれど、女王様に決まった時、女の子は気付いたんだ。
女王様になったら表にも出れず、
ベールで顔を隠して誰にも会えなくなる事を。
大好きな守護聖様に会えなくなる…
そう思った女の子は守護聖様に助けを求めた。
守護聖様は女の子に言った。
「ここではない何処かへ行こう」
守護聖様もその女の子が大好きだった。
だから会えなくなってしまうのは絶対にイヤだった。
だからふたりは下界に行ったんだ。
ふたりは少しのあいだ、楽しいひとときを過ごした。
けれど守護聖様は気付いた。
この宇宙の全てが女王になる女の子を待っている事。
そして、自分も宇宙を護るべき人間のひとりだという事。
守護聖様の心変わりに女の子は驚いて…悲しんで…
使ってはいけない力を使ってしまった。
その力はすぐに抑えられたけど…
「抑えられたけどなあに?」
「女の子はね、連れ戻された宮殿の塔から、身を投げちゃったんだ」
「ええっ!」
「守護聖様に会えなくなるのも、女王様になるのも、全部イヤだったけど、本当の理由は守護聖様が自分よりも宇宙を選んだ事だったんだって」
「可哀想…その女の子。」
「うん。でもこの話はおとぎ話だよ。ずっと昔から語り継がれてるんだって」
「本当の話じゃないんだよね?本当だったらすごくヤだな」
「あのね、父さんが絶対にこのおとぎ話を守護聖様に言っちゃいけないって」
「なんでかな?私ランディ様にお話したいもん」
「だめだめ、守護聖様方はこのおとぎ話がすごく嫌いなんだって」
「ふうん、そうなの?じゃ、秘密にする」
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守護聖の館の使用人の子供達が集まって遊ぶ、風の館の午後は夕方に向かおうとしていた。使用人の親達も主のランディも子供達のあいだで、あのようなおとぎ話が回されているとは知らない。
もし知ったら、ひどく怒られるだろう子供達。
それほどタブーとされているおとぎ話なのだ。
館の主であるランディは、日の曜日でも私邸で仕事に明け暮れていた。
(俺を次代の首座に選んでくれたジュリアス様に酬いる為に…)
それがランディの変貌の理由だった。
あの…若き日の苦く辛い出来事を知っている仲間は、すでに全員退任していた。
兄と慕ったオスカーも、いつも自分の後ろをついて来たマルセルも、涙の別れの後に下界へ旅立った。
その後1人ずつ顔ぶれの変わった守護聖だったが、彼らでさえもすでにベテランの域に達しはじめている。
それほどに、ランディの在位は長かった。
何故自分だけがこの地に長く留まっているのか?
もしかするとそれは宇宙がくだした“罰”なのかも知れないと思うランディ。
拠り所のなくなったランディは、尊敬していたジュリアスを真似て仕事に没頭した。
年少の守護聖に対する躾も厳しく、何よりも女王陛下を優先した。
人目のある場所では風の守護聖として明るく振舞ってはいたが、ひとりになると、空虚な時間を持て余す自分が悲しかった。
あの日。聖地に帰った自分を待っていたのはジュリアスの怒号とアンジェリークの涙だった。
どんなに詫びても足りない程の行動だった。
何を言われても仕方ない自分の甘さ。
しかし、ジュリアスはたった一度大きく叱っただけで、続けてこう言った。
『一部の者しか知らぬゆえ、明日から通常通りに務めよ…』と。
その傍らに対のサクリアを持つクラヴィスがいた。
クラヴィスは、ランディ達がエアステーションで発見された事を聞くと、すぐにジュリアスに報告したと言う。
そそのかしたのは自分で、ふたりは若さゆえ、それに乗らされたのだ…と。
その時クラヴィスとジュリアスの間にどんな諍いがあったかは誰も知らぬ処だが、あっさりとランディの処分を穏便にしたジュリアスの決断の結果でわかる。
それは…遠い過去のクラヴィスの思い出にジュリアス自身がランディを投影させたせいなのかも知れない。
ジュリアスとアンジェリークが部屋を去った後、二人だけになったランディとクラヴィス。
「クラヴィス様・・・すみません。あなたが俺達にせっかく協力してくれたのに…俺は」
「言うな」
腕を組み、窓の外に目をやるクラヴィスは、もう夕べ自分達に「ゆけ」と言った力強いクラヴィスではなかった。
頽廃的で人を寄せ付けない元の闇の守護聖だった。
自分に対して怒りをあらわにしてくれたら、どんなに良いか・・・殴ってでもくれれば、その方がましだとランディは思った。
だが、クラヴィスは一言告げただけで…
「まだまだ私も甘かった…と言うわけだ。おまえなら…私とは違う道を歩くやも知れぬと思っていた。」
「クラヴィス様……俺は…」
弁解の言葉など通じぬ相手・・・いや、弁解など何も求めていないクラヴィスをランディは強く感じていた。
部屋を立ち去る最後の一瞬、振り向かぬままクラヴィスは言った。
「初恋など・・・実らぬものだ」
ひどく悲しげな声だった。
この後クラヴィスがランディに話しかける事はなかった。
――クラヴィスが退任するまで。
黒いサクリアを放出した事は、オスカーの口から伏せられていた。
今は一日延びてしまった明日の女王試験の結果報告会だけを考えろと言う。
処分なしと決まったランディは、何よりもロザリアに会いたかった。
半狂乱で気を失わされて、自分の腕で宮殿に担ぎ込まれた彼女が、今どうしているのか、それが知りたかった。
そして、女王になっても自分の気持ちは変わらないと告げたかった。
もし、同じ宮殿にいながらも、会えない日が続こうとも、愛を誓うと…。
けれど、ロザリアがいない…
宮殿の客室で眠っていたロザリアのベットがもぬけのカラだった。
突然――“どすん!!”と鈍い音が聞こえた。
そして、続いて聞こえてきた殿内からの、複数の者の悲鳴!
「誰かが落ちたぞ〜!」
声のする東の塔に駆け込むランディの目に映ったものは…そっと窓辺に置かれた、写真だった。
後から包み込むように抱き締めて恋人を見つめるランディと、恋人に抱き締められ幸福の笑顔をカメラに向けたロザリア。
「嘘だ…嘘だ・・・嘘だぁぁぁ――っっっ!!」
聖地の上を強風が駆け抜けた。
それは彼の司るサクリアのせいだったかも知れない。
それともただの偶然か。
どちらにしても、風の守護聖が今、恋人を失った事に変わりはなかったのだ。
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首座の守護聖がいない宮殿のサロン。
若い守護聖達は数人で不満を口にする。
「ランディ様の仰ることはいつも正論だ。けど、道理で通らない事も多々あると思う」
「陛下のご意向、ご意向って仰るが、あれはランディ様の凝り固まった意向なんじゃないかな?陛下はあんなに厳しい事を仰る方とは思えないし」
「先回りして考えすぎなんだよランディ様は。とにかく僕は今回選出された女王陛下がそれを変えてくれると信じてるよ」
聖地はこの度新しい女王を迎えた。
アンジェリーク・リモージュの代が幕を閉じたのである。
新しい女王と補佐官はすでにリモージュとの引継ぎを終えて戴冠式目前である。
首座の守護聖として、この儀式を控えたランディの心は張り詰めていた。
ジュリアスに充分な首座としての教育期間を貰ったとはいえ、初めての女王交代時の取り仕切り役である。
リモージュの代に女王補佐官はいなかった。
精力的に古いしきたりを排除し、新しい決め事を導入したリモージュの功績は多大であった。しかし、その補佐役を務めたランディの努力を、今の若い連中は知らない。
その上、躾や執務遂行について厳しいランディに対する不満を口にするものも多い。
そんな事は重々承知のランディだが、遠いむかしの彼であったなら若い者と徹底的に話し合い、理解をもらえるまで向き合ったはずだった。
しかし、今のランディは違う。
(話し合う必要はない。決定された事を覆す権利は守護聖にはないんだ。突き詰めて話して、情に動いてしまうのは自分にとって困る事)
すでにそんな感覚を持ってしまったランディだった。
サロンでの若い守護聖達のそんな会話を、隅のソファーに寝そべって聞く男がいた。
守護聖のひとりが男に声をかける。
「あなたはどうお考えですか?今は陛下の側役を務めていらっしゃるけど、長くランディ様と守護聖としてお付き合いされていたのでしょう?ご意見を伺いたいです」
男は上半身をゆっくりと起こす。
そして、元々鋭い瞳を若い者達に向ける。
その眼差しに、部屋にいた守護聖は一瞬にして黙り込んだ。
その男は思った。このままでは、いけないと。
けれど、ランディの為に自分がしてやれる事なんか、これっぽっちもない…
そんな風に思えてしまう。
だが、自分には残された時間はわずか…。
今しか、ランディに言葉を残してやる時はないのだと思った。
この連中はランディの事などひとつも知ってはいない。
理解しようとも思っていない。――昔の自分のように…。
首座の守護聖に不満を持ち、たてつく事だけが誇りなのだと感じているのかも知れない。
早く、一刻も早く、昔のランディを取り戻させ、そして悲しい初恋にピリオドを打たせてやらなければならない…と。
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風の館に来訪者があった。
執事は主に『見知らぬ女性がお見えです』と伝える。
書類の山に埋もれていたランディは、少し煩わしそうに「今、行く。」と告げた。
玄関ホールに待たされていた女性の姿を見るなりランディは叫んだ。
「へ、陛下!?」
にっこりと笑う女性は、退任したばかりのアンジェリークだった。
「ご挨拶かたがた遊びに来ちゃったわ」
「こんな所に…おひとりでいらしたのですか?」
「もう、ランディったら!!私は退位したのよ。かしこまるのは止めてちょうだい。あっ、私こそ、ランディ様って呼ばなきゃならないかしら?」
「や、やめてください、そんな呼び方は…」
堂々めぐりの敬い合いは、すでに不毛だと察した二人だった。
ランディも『ぷっ』と噴出し、穏やかに接し始める。
「よぉ!ちょっと遅れちまったな」
玄関から走って入って来た男。
それは、数年前に退位した前鋼の守護聖ゼフェルだった。
「二人で来るって事は…とうとう行くんだな」
ランディの問いに答えるように、ゼフェルもアンジェリークも笑ってうなづいた。
二人はずっと愛し合っていた。
女王に就任したアンジェリークがゼフェルと自由に会えるように、閉ざされた奥の間で女王として孤独に生きる事のないように、ランディは精一杯奔走し、今の二人の恋を応援したのだ。
ゼフェルの力が失われた時も、女王の側役という新しいポストを作り、身を引いて聖地を立ち去ろうとした彼を全身全霊で説得したのもランディだ。
アンジェリークの退位までどうか聖地に留まって、来るべき時が来たら二人で暮らす為に新天地を求めるように…と。
他の守護聖の手前、表向きランディと親しくはしなかったゼフェルだったが、二人は昔のケンカ友達ではなく、“親友”として密かな友情を育んでいた。
ランディが悩んだ時は、そっとアドバイスしてくれたゼフェル。
そのゼフェルもとうとう…この地を完全に去るときが来たのだ。
ゼフェルとアンジェリークは、ランディの私室で最後のティータイムを過ごす。
「おまえ…知ってるか?守護聖で1番のやせっぽちは誰か」
「なんだよ急に…、こんな時にへんな“なぞなぞ”は止してくれ」
「いいから、答えてみろよ。」
意味ありげな問いだが、ランディはゼフェルといると昔のように素直な彼に戻り、ついつい話しに乗せられる傾向が残っていた。
「ブレンダンか…ファーガかな?あ、まだ子供だからルードだな、きっと」
「ばーか」
「なっ、なんだよ」
横でお茶を飲んでいたアンジェリークが口を挟んでくる。
「ランディ……、あなたよ」
アンジェリークもゼフェルも真剣にランディを見つめた。
「お前、何年間寝不足してる?仕事と例の事に明け暮れて、まともに寝てねーじゃん」
「そうよ、自分では気が付かないかも知れないけど、とっても痩せてる。誰かが言ってたわ。『ランディ様…ああ、あのスリムな守護聖様?』ってね」
「そうかな、今まで気が付かなかった」
ランディは言われるまで自分でも知らなかったのだ。
健康的でしなやかな筋肉が、少しずつ失われていった事を…。
「このままじゃ、おまえつぶれるぜ。今まで良く持ったもんだぜ」
「ゼフェルはね、このままあなたを放って下界になんか行けないって言うの。私も同じ気持ちよ。今のままではダメ」
楽しいティータイムがそうそう続くわけがなかった。
ゼフェルもアンジェリークも、別れの言葉よりも大切な、ひとつの意志を持ってここにやって来たのだから…。
「連れて…行こうと思うの、彼女を」
アンジェリークの言葉に、目を見開くランディ。
ゼフェルも強硬な瞳で加勢する。
「おまえは、良くやった。もうこれ以上はないってくらいあいつを大切にしたぜ。けどこのままじゃ、おまえがダメになる」
ランディは無言だった。
その時――――
ガシャァァァーン!!!!!
何かが壊れる音が隣の部屋から聞こえた。
続いて執事がランディの私室に入って来る。
「ランディ様、奥様が…」
「また何か?すぐ行くよ」
飛び出したランディに続いて、ゼフェルもアンジェリークも隣の部屋へ急いだ。
「ワタクシはこんな物いらないの!!あの人を呼んでちょうだい!ランディ様じゃなきゃ…ワタクシはイヤ!」
白いレースのネグリジェを纏った彼女は、執事が出したケーキと紅茶をワゴンごと、突き倒していた。
「どうしたんだ、大好きだろ?この……」
ランディは倒れたワゴンを直しながら、彼女を見た。
ベッドで怒っている彼女の傍らに座る。
そして、とびきり優しく囁く。
「ほら、俺はここにいるだろ?」
彼女の肩にそっと手をまわした直後…
「その薄汚い手をお離しなさい。ワタクシはロザリア・デ・カタルヘナよ。あなたのような男が触れる事など許しません!風の守護聖様があなたに制裁をくわえてよ。」
――誇り高く、美しいロザリアがそこにいた。
第三話 -首座の守護聖- END
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