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全てが真っ白な部屋だった。
清潔なシーツと上品なインテリアが、傍らの少女に良く似合っていると、ランディは思った。そのロザリアはソファーに腰掛けうつむいている。
早まった事をしてしまったのかも知れない。
守護聖でありながら、あろうことか新女王に決定した少女を下界(した)に連れ去るなんて信じられない大胆な行動だ…と風の守護聖は思う。
(けれど、俺には今他に何も思い浮かばない)
聖地の門を真夜中に通過する商人の車に身を隠し、あっけなく外に出る事が出来た。
クラヴィスの館の執事は、この宿の場所を記した地図と大金をランディに手渡した。
あのクラヴィスがここまで自分達に援助するとは、正直言って信じられない若い二人。
いつもなら全ての事に興味を持たぬクラヴィスのあの瞳を思い興す。
あの瞳は、真剣だった。あのまま自然に任せてロザリアの就任を見守っていたら、後悔してしまう…。そんな風に思わせるクラヴィスの瞳。
もちろん、今でも密かに語り継がれる「女王と守護聖の悲しい恋の物語」の主人公が、そのクラヴィスだとは知らないランディであった。
「ランディ様、ワタクシこれからどうしたら…」
不安げに自分を見詰める彼女に、ランディは己もが持つ不安を隠して答える。
「俺に任せてくれ。君は心配しないでいい。ちゃんと守るから…」
ロザリアは、その頼りがいのある恋人の言葉に安堵する。
(この方は信じる事の出来る人。ワタクシの選んだ人なの。だから大丈夫)
ふたつ並んだベッドが何故かとても可愛らしく感じる。
クラヴィスの執事は迅速な対応をする、有能な執事だ。この宿まで手配するとは、心憎い。ここは・・・若い恋人達の為に創られた空間だった。
いやらしさの欠片さえ、微塵もない。
「明日は、朝から最低限必要なものだけ買い揃えよう。ここにいつまでも居るわけにはいかない。なんて言っても主星の首都だ。すぐに捜索されてしまう」
ただし、救いはある。
今夜はまだ自分達がいない事を気付かれてはいない。
そして、聖地の特別な事に一都市の警察が出動するはずがない。
何事も内密に行われるのだ。だから少し時間が稼げる。
試験中で聖地と下界(ここ)との時間が一定である事に感謝しようと思ったランディ。
クラヴィスの執事は惑星間シャトルの乗り継ぎもすべて調べてくれた。
順調に行けば、三日後には聖地の通信網が効かないところへ到着するだろう。
そして…それから…………
(それから、どうするんだろう?俺たち、世界の果てまで行くんだろうか?)
急に不安が押し寄せた。
ランディは、聖地にいる仲間の顔を思い浮かべる。
いつも何にも厳しいが、自分を信頼してくれているジュリアス。
剣の稽古をかかさずしてくれる、兄のように慕うオスカー。
ケンカばかりするが、結構お節介を焼いてくれるゼフェル。
真面目で、でも少し我侭な泣き虫のマルセル。
自分の行いを理解してくれるのだろうか?それとも軽蔑するだろうか?
「ランディ様、ワタクシ…全てをあなたに委ねますわ。信じています」
夜景を眺めながら呟く恋人の言葉に、ふと我に返るランディ。
(俺がしっかりしなくちゃダメだよ…な。)
窓辺のロザリアを見つめた。
女王になるのを嫌がって、普段着のまま館に駆け込んで来たロザリア。
彼女をそのまま宮殿に引っ張り出し、その上身の回りのものを何も持たず聖地を出た。
今の自分達は貴族の子女でも女王候補でも、まして守護聖でもないただの若い2人。
薄いブラウスだけのロザリアの肩に手をかけた。
肩に触れた瞬間、その肩にかかったランディの手に頬を当てる。
見つめあい、抱き合い、どちらからともなく唇を合わせた。
白い壁…刻まれる時計の音…漂うローズの香り。
清潔なシーツの中に、2人のはじめての夜は溶けていった。
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巨大なショッピングモールだった。
ランディが主星の若者として生きていた時代とは比べ物になるべくもない近代化。
守護聖になってから、プライベートで下界に降り立つのは初めてだった。
その逆で、つい最近まで自分のショッピングの為のエリアとしてここを活用していたロザリアは、ランディをさりげなくリードしながら買い物を続けた。
「ランディ様は何でもお似合いになるのね。きっとスタイルが良いせいですわ」
十代の男の子に人気のあるショップに、ランディを無理矢理引っ張って連れて行ったロザリアは、改めてランディがその辺を歩いている男の子とは極めてレベルの違う美少年である事に気付く。
店内にいる売り子も客も、女の子はみんなチラチラとランディを見ている。
横から見た鼻筋と顎のラインは完璧に近いほど整っていた。
(守護聖様方は皆さんお美しいから、あまり意識していなかったわ)
つまり、彼の容姿に惹かれて恋したわけではないロザリアである。
もっとも、恋し始めてからは、ランディの顔立ちもしなやかな体格も声も…すべてが思いの対象になったのだが…。
(でも、今はランディ様はワタクシの恋人よ)
「ロザリア、エアバスの時間は3時だから、それまでどこかへ行ける。そうしないか?」
「はい、ランディ様」
シャトルに乗って主星を離れる…それは誰にでも想像できる事だった。
宇宙港についた時点で2人は聖地からの追っ手に見つかるはずだ。
ランディは夕べの計画を変更したのだった。
だから2人は、敢えて隣の都市までのバスを選ぶ。
きっとそんな近くの都市に留まっているとは考えられないはずだ。
その都市の中の小さな町で1、2年暮らして、それから宇宙に出ればいい。
そう考えた二人だった。
ショッピングモールの中心の通りを歩く二人。
通り過ぎる若いカップル達は、肩を組む者、腕を組む者、手を繋ぐ者と様々だった。
とりわけランディが驚いたのは、歩きながらキスをする者たちがいた事。
(信じられないな。キスなんて人前でするものなのか?俺なんか絶対腕を組んで歩く事だって、男として反対…)
並んで歩くロザリアを見る。
意外な事に、彼女は斜め前を歩くカップルを見つめていた。
そのカップルは…手を繋いでいたのだ。
ロザリアはその2人の繋がれた手にずっと目線をやっていた。
気高いはずの彼女の瞳が愛らしく色づいている。
ランディは並んで歩くロザリアにそっと右手を差し出す。少し赤面していたので恥ずかしさのあまり、彼女の方は見なかったランディ。
そして、差し出された手にほんの少し戸惑いなからも、愛する男性の暖かい手をひしと掴むロザリアであった。
「ロザリア、ブルームシティってどんなとこなんだい?」
ランディは自分達の目指す都市について尋ねた。
「海の見える素敵なところですわ。ワタクシは残念ながら行った事はないのですけど、スモルニィ−の友人がブルームの出身で、良くビデオレターをくださいましたの」
ランディが少し眉を潜めて考えた。そして、唐突に…
「わかった!!『潮風の街』だ!俺の時代にはそう呼ばれてたんだ」
「まあ!!そうでしたの?都市の名が変わっていたんですのね」
にこやかに笑うロザリアを見て、ランディは思う。
自分は聖地に居た為に、今でも18歳の肉体を持っている。
けれど本当なら…彼女とは生きてる時代の異なった人間なんだ…と。
今、自分に何が出来るのか?
もしかしたら、ロザリアなしでは部屋の探し方、借り方、街の人達との付き合い方も満足に出来ない旧式の人間なのではないか?
歩きながらキスをするカップルを訝しげに見ていたのは、もしや自分だけで、あれは今の時代に普通の事なのかも知れない…と。
彼女を守って生きていくなんて…自分には無理なのかも知れない…と。
「ワタクシ…幸せですわ。ランディ様とずっと一緒にいられるんですもの。あの・・・ワタクシ、良いパートナーになるように努力いたしますわ。こう見えてもお料理も完璧ですの。」
彼女の料理の上手さはランディも知っている。
ロザリアは…夢を馳せている。
自分と2人の未来を描いてくれている。
(幸せにしなくちゃいけないんだ)
もう一度、繋いだ手に力を込めたランディだった。
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若い2人には、時間を忘れるほどの大きな街。
ゲームが出来るエンターティメントエリアでのランディの活躍。
応援する誇らしげなロザリア。
通りかかりに店主に冷やかされて買った、おそろいのシルバーのブレスレット。
もちろんイニシャル入りだ。
――2人で立ち寄った写真館。
かなりの老人が主人だった為、「奥さん」呼ばわりされて嬉しさを隠せないロザリアと、照れまくるランディ。
ロザリアの身体を後から包み込むようにランディが抱き締めるショット。
年老いた写真館の主人の指示だったが、なかなか2人とも綺麗に写っていた一枚だ。
もうそろそろ…と思い、2人はバスステーションを目指した。
発車15分前だった。
ブルーム行きに乗車待ちする人々が待機していた。
ランディ達も切符を握り締めながら、その一角にあるベンチに座る。
「ごめんな…カミラ、坊主。俺のせいで街を出なくてはいけないなんて…」
すぐそばに座っていた親子の父親らしき男の言葉。
「いいじゃない。ブルームは綺麗な街だし、産業も発展しているわ。いい仕事も見つかるはずよ。私は心配していないわ、あなた」
「ぼくも〜!海だいしゅき〜」
ランディとロザリアは親子の会話に聞き入っていた。
「上司のミスを告発するなんて事、普通はやらかさないよな。まったく俺って奴は…」
「あなたの行動は立派だわ。みんながそう思っているの。勇気ある行動だってね」
「パパ、パパ…ゆうき…ゆうきのしゃくりあだよ〜」
小さな子供はわけもわからずに、はしゃぎながら空を飛ぶ鳥の真似をする。
ロザリアが傍らのランディを見つめた。
――彼の顔には色がなかった。そして…震えていた。
(俺は…風の守護聖だ。人々に勇気を与え続ける…風の)
聖地から逃げ出して…宇宙は…どうなる?力は唯一無二のもの。
自分のサクリアが衰退しない限り、次の守護聖は生まれない。
ならば…誰がっ!?
(誰が勇気のサクリアを放出するんだ!?
「ランディさま…。いや……だめ…何も…考えないで…お願い…」
その泣き声に、我に返ったランディの目に映る愛しい恋人の姿。
泣き崩れていた彼女。
親子の会話に大きく揺れるランディを感じ取っていたのだ。
「ロザリア…ごめんよ。心配ないさ、俺たちはあと少しでバスに乗るんだから…」
(そうだ、バスに乗ってしまえば何もかもうまくいく。彼女とふたりの未来が…)
「だが、いつまでもお姫様の不安とぼうやの心残りは続くんだぜ」
聞き覚えのあるクセのある声に2人が振り向く。
「オスカー様!!」
ランディが尊敬する兄のようなその人は、悲しそうな瞳でそこに立っていた。
「裏をかいたつもりだろうが…こうもあっさり見つけ出せるとはな。普通はまったくの偽名で予約するもんだぜ、ぼうや」
赤い髪は目立つ。
待合室の全ての人の視線が、ランディ達に集中した。
それを察したオスカーは、小さな声で呟く。
「ふたりとも、こっちへ来るんだ」
突然現れたオスカーのその静かな命令に、つい従ってしまう2人。
待合室を出て、人のいないゲートへと歩き出した。
一日に1便しか出ない第6ゲートは、職員の姿さえなかった。
しかし、3人の視界には、数人のSPの姿がチラリチラリと遠方に確認できる。
「俺は引きずって連れて帰る気はない。お前は九つの力のひとつを持つ者として、立派に結果を出すと信じてるからな。そして、お姫様・・・、君も投げ出せるのか?試験を聖地を、泣いて君を探しているアンジェリークを」
ロザリアは考えもしなかった。
だが、まさにアンジェリークは親友だ。ともに宇宙の女王と補佐官として頑張ろうと誓った相手だ。そのアンジェリークが自分の失踪に心を痛めている事を突然想像した。
ランディもまた…オスカーの言葉が自分に対しての正しい判断である事を知っていた。
曲がった事など出来ない実直な少年。責任感の強い風の守護聖・・・それが自分なのだという事を。
「オスカー様…ワタクシ、ランディ様が大切なんです。ランディ様を愛しているんです。だから、ワタクシ達は…」
「帰ろう。ロザリア」
「えっ?」
ロザリアはランディの言葉に耳を疑う。
「俺も君も運命に、宇宙に選ばれた存在だ。否定して生きてはいけない。宇宙を放り出して自分達の幸せだけを願うなんて、出来っこないんだ!!」
「ランディ様…!?」
恋人の信じられない言葉に、怒りをあらわすロザリア。
彼女はランディの正面に立ち、もう一度問いただす。
「心配するな恋人のって、任せておけって、仰ったわ…っ」
「ロザリア……」
「ブルームシティでお部屋を探すんですわよね?」
「俺は……」
「ワタクシはあなたの為にお料理をして、お洗濯をして、それから…」
「ロザリア……」
ふたりで昨晩からつい先ほどにかけて描いていた未来なのに、ランディは既に深い後悔の念とロザリアへの同情にも似た表情を見せた。
彼女の身体は凍りづいていた。
愛を誓った恋人の心変わりに、一歩ずつ後ずさる。
「嘘よ…。信じたくない…。あなたがこんな風に…」
「ロザリア!!君を愛してるよ!大切なんだ!だから後悔したくないし、させたくない。聖地に留まっても二人の道はまだ残っているんだ。俺の話を聞いて…」
「嘘つきぃぃぃぃ!!」
絶叫するロザリアは突然謎の光に包まれた。
憎悪にも似たその歪んだ形相で上目遣いにランディを睨みつける。
その凄まじいオーラに、ランディはただ呆然と立ち尽くしている。
「まずい!!これは…!?」
オスカーが素早くロザリアに近づく。
「悪いな、お姫さま」
そう一言放った直後、力の強いオスカーの最小限の拳がロザリアのみぞおちにぶつけられた。
「何するんだ!!彼女になんて事を!!」
抗議するランディ。気を失うロザリア。
そのロザリアを抱きとめて、振り向いたオスカー。
「バカ野郎っっ!この娘は女王のサクリアを持っているんだ。初めての発動がブラックだなんて冗談じゃない!」
「黒いサクリア…だって?!」
それは大昔のある女王候補が作り出した悪しきサクリア。
全てを善の方向より転換させて思いのままに全てを黒く染める、あってはならない…。
しかし、サクリアを持つ者には必ず秘めたる力。
衝撃的かつ突発的な一瞬の出来事により、ロザリアが発動させてしまいそうになったのだった。むろんオスカーの機転で、ロザリアの意識を失わせる事により留めたのだが。
SP達が駆け寄って来ようとした。しかし、オスカーはそれを拒否する。
「あんたたちの出る幕じゃない。俺たちは3人で…2人は自分達の意志で、今聖地へ帰るところだ。引っ込んでいてくれ」
誰よりも鋭い瞳を持つ炎の守護聖の言葉と視線に、SP達は引き下がった。
「さあ、ぼうや。お姫様を抱いてついて来い。専用のエアカーを待たせてる」
オスカーが抱いていたロザリアを引き渡されたランディ。
彼は気を失っている恋人を抱きかかえながら、黙ってオスカーについて行く。
ゲートからステーション入口を目指すオートフロアのサイドはガラス張りだった。
ゆっくりとオートフロアに運ばれながら、ガラスの外に目をやるランディは、「ブルームシティ」と記されたエアバスがゆっくりと発車していくのを見た。
抱きかかえているロザリアにそっと呟いた。
(もう少し早くあのバスに乗れていたら…俺たちは…)
何を言ったところで、ひとつも変わらない。
ランディは自分のとった行動を、はっきりと言葉で表せる。
裏切り…という、自分に一番遠いと思っていた単語で。
第二話 -二人だけの時間- END
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