第一話 出逢い


 窓の外で子供の声がした。
「ああ…もうそんな時間か…」
 最年長で首座の守護聖である彼の私邸の午後3時。
 彼の私邸の使用人の子供達は、日の曜日になると必ず庭に集まる。
 彼が庭を開放しているのだ。
 芝生の上で彼の愛犬達と戯れる数人の子供。
 メイド達はいつも彼に言われた通りの、お菓子を用意する。
 もうこの通例行事が始まって何年になるのか…。
 彼が守護聖になりたての頃からだから…かなりの年月だ。
 その当人は書斎の窓から手を振って、子供達に挨拶をする。
 子供達も大きな声でそれに答える。
「ランディ様!!こんにちは〜!」
 彼はこぼれそうな笑顔と白い歯を見せ、相変わらず子供達のあこがれの人だ。
(大きくなったらランディ様のような男の人になりたい)
(大人になったらランディ様のお嫁さんになるの)
 館の主の快活さは、常に子供達のそれぞれの夢を馳せるのだ。

 だが…窓を閉じた彼の表情はすでに…
 首座の守護聖の顔に戻る。
(明日までにこの書類に目を通さなくては…)
 眉間についシワを寄せてしまう事にも気が付かない。
 さわやかで元気の良い好青年として知られていた風の守護聖ランディは、もう既に存在していなかった。
(もう戻れないんだ。何も考えずにただ笑って泣いて過ごしたあの頃には)
 キリリと整った顔に辛く悲しい影がよぎる。
 若さと純粋さではちきれそうだった彼の、幸せであり悲しくもあった過去が蘇る。



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 女王候補の2人は、それぞれに魅力のある少女達だった。
 そして、聖なる存在と崇められている美貌の守護聖達も“若い男性”。
 当たり前のように、2人の少女に対する淡い思いを持つものが出るのは当然の事。
 仲間うちからも一般市民からも「好青年」として認められていた風の守護聖ランディ。
 彼にもそんな機会が巡って来たのだ。
「よろしく!大変だろうけど何かつらい事でもあったら、遠慮なく相談してくれよ。いつだって俺は平気だから」
「はい、ありがとうございます。ランディ様」
 元気良く笑顔で答えたのは金色の髪の少女アンジェリーク・リモージュ。
 彼女は常に笑顔を携えて、周りを明るくする少女だった。ランディにとっては可愛い妹のように親近感が持てる相手であった。

「勿体無いお言葉ではございますけれど、ワタクシは育成以外では例え守護聖様といえども頼ることはございませんわ」
 突然予測できない答えを聞いたランディは、しばしあっけにとられたものだ。
 彼女はもうひとりの候補生で、気品ある貴族の美少女ロザリア・デ・カタルヘナ。
 ほとんど初対面の守護聖であるランディに、随分と思い切った口調を叩きつける。
 ランディは部屋の中央でロザリアと対立したかのように向き合う。
「ロザ…リア…?それってどういう意味なんだい?」
「そういう教育を受けて参りましたの。女王とは自らの意志でサクリアを駆使するものでしょう?他人に頼るようでは試験さえも乗り切れませんわ。ワタクシは必ず自分の力で勝利して見せます」
 燃えるようなその瞳は、納得のいかないランディの追撃を拒むように見えた。
 だから、彼もそれはそれで好いのかも知れないと渋々心で納得した。



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 ランディとロザリアは、それから度々対立した。
 ある時は育成の理論についてであったり、またある時は飛空都市の生活方法であったりと様々であったが、いつもパターンは決まっていた。

 親しい守護聖同士の集まりには、いつも女王候補の2人が参加していた。
 そんな環境の中で、いつも2人の言い合いが始まる。
 ランディが何気なく言った事に対するロザリアの反対意見や、かなり高飛車な思想を掲げるロザリアに対する少しばかりのランディの反論。
「君って人は…どうしていつも俺の意見に異論を唱えるんだい?ひとそれぞれ千差万別の思いってあるもんだろ?」
「でも、ランディ様の仰る事はいつも理想論ですわ。ワタクシはもっと現実的に物事を考えた方が良いのではないかと思っているだけです」
 そんな2人のやりとりも、最近では恒例行事と思う仲間も増えていた。
「まったく、ロザリアってつくづく強情な女の子だって思うよ。絶対に我を通しちゃうんだからな」
「それはテメーも同じだろ?上っ面が違うだけで根本は同じって事だぜ」
「そうそう、ランディってばロザリアが相手だと食い下がらないもの。なんか、むきになってる感じがするよ」
「そ、そんな!!俺は…べ、別に…」
 ゼフェルやマルセルに言われるまでもなく、ランディ自身も少しはわかっていた。
 後で考えると、自分の言っている事は傍目には正当でもっともな事だが、どうも優等生的な所が否めない。ロザリアの意見は毒舌と聞こえそうだが、物事をしっかりと見極めている。
 けれど、素直にそうですか…とは返す事など出来ない。
 彼女は候補生で、自分はそれを導いてあげるはずの立場のもの。
 それに自分は男で年上で…。
 彼女は17歳とは思えない落ち着きと美貌を持つ少女だ。彼女の意志の強い瞳に睨まれて、そして怯む自分が少し恥ずかしいのだ。
(俺にもプライドがあるんだ)
 誰にも言えない心の呟きがランディにはあったのだ。
 ランディは初めて見たロザリアを、
(なんて綺麗な女の子なんだ)
 そう思ったのだ。
 もしかすると、とてつもなく長丁場になるかも知れないという女王試験。
 その期間中、一緒に彼女と過ごせるのが一瞬で楽しみになったランディ。
 ところが初対面から、自分は彼女に言い負かされた。それが、いつまでも心に引っかかりを作り、今まで素直になれずにいる。
(でも、あの傲慢な物言いはやっぱり良くないと思う)
 …結局最後はそういう思いで納得してしまう風の守護聖だった。



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 ある晴れた日の曜日…
 ランディは庭園に向かって走っていた。
(…ったく、今日に限ってオスカー様の稽古が長引くなんて…)
 今日は午前中からマルセル、ゼフェル、アンジェリークと約束があった。
 庭園の奥にある広場で聖地の子供達とバドミントンをする予定なのに、もう1時間も遅れてしまったのだ。
 やっとコートが見えて来たところで、今まで全力疾走していたランディは立ち止まる。
 すでに楽しそうに子供達とみんながプレイしている姿を確認したからだ。
(はぁぁ、良かった。俺を待ってたらどうしようかと思った)
 とりあえず何度か深呼吸する。
 その作業の中、コートを見渡せる高台の大きな木の陰に人の姿を発見した。
(ロザリア…だよな?)
 大きな木に身を隠すようにしてコートを覗いている彼女。
(確か昨日誘った時は、用事があるから行けたら行くけど試験中なのに遊ぶなんてとブツブツ言ってたな……)
 とても不思議だったので、今度はランディがロザリアを観察した。
 子供のシャトルを受けきれなかったアンジェリークを見ては笑い、大きくしりもちをついたゼフェルを見ては笑うロザリア。とてもあの高飛車な普段の姿を想像できない。
 考えてみれば、いつものかしこまった優等生ルックじゃない彼女を見るのも、ランディにとっては初めての事だった。
 黄色のブラウスにショート丈のキュロットパンツ。いかにもスポーツをするいでたちだ。
 足のラインはまっすぐに伸びて形が良い。髪形だって活動的なポニーテールだ。
 いつも気品に満ち近寄り難いロザリアはいなかった。普通の可愛い17歳の少女がそこに居るだけだった。
「あっちへ行かないのかい?」
 突然声をかけたランディに目を見開いて驚き、続いて赤面するロザリア。
「ラ、ランディ様こそ!?ど、どうなさったんですの?」
「実は俺、遅刻しちゃって今到着した所なんだ。結構盛り上がってるから、ちょっと休憩してから行こうかと…」
「ま、まあ、そうでしたの?」
 なんとなくぎこちない会話だった。
「ここは見晴らしがいいね。俺は少し座って休んで行くよ。君はどうする?」
「あ、ワタクシは…少し早めに用事が済みましたので…あの…」
 良く見ると大きなバスケットを持っているロザリア。そしてもうひとつのバッグにはラケットのグリップが覗いている。
 ランディのその視線に気付いたのか、『はっ』としてロザリアは無駄だと知りつつ、ふたつの大きなバッグを後へ隠す。
 女の子の態度に対して鈍感な部類に入るランディだが、今ははっきりと確信した。
 ロザリアは最初からみんなと遊ぶつもりでいた事を…。
 おそらくあの大きなバスケットの中には、手作りのランチが入っているであろう事も。
(素直じゃないんだなぁ・・・試験中と言ったって遊ぶ事は悪い事じゃないのに)
 ランディはとっさにバスケットを持ち上げる。
「こっちは俺が持つよ。さあ、行こう」
 そう言ってロザリアの手を強引に引いてコートへ向かって駆け出した。
 ランディに無理矢理引っ張られている状態のロザリアは、
「ちょ、ちょっとお待ちになって!ランディ様!!」
 と一応の抗議。
「君を連れて行ったら、俺の遅刻も許されそうだ。ハハハ!」
 心地よい笑い声と共に、手をしっかり握りながら振り向かず走って行くランディについて行くロザリア。
 彼女の視線の先にあるものは庭園の緑でも、空の青でもなかった。強引とも優しさとも取れる頼りがいのある男の人の、風になびく栗毛色の髪だけだった。
 やはりまだまだ鈍感なランディは気付かない。
 繋いだ手のぬくもりと力強さに、ぐいぐいと惹かれて行く乙女の心を…。

 予想通り大遅刻の罪も、「強引に用事を取りやめにさせて連れて来た」という名目のロザリアのおかげで無罪放免となったランディ。
 アンジェリークとロザリアの持って来たランチの中身は幸いにもバッティングせず、大人数にぴたりとあった量で、仲間も子供達も大喜びだった。
「わぁ!ロザリアのサラダすっごく美味しいわ」
「ほんとだ!!すごく綺麗に作ってあるし…」
「おいランディ野郎。オメーもちっとは食ってみろ!」
 綺麗に盛り付けられているサラダの中にチロチロと見え隠れするもの。
(オリーブ…だよな…あれは多分…)
 ランディはサンドイッチやおかずを、大喜びでたった今平らげてしまった事を少し後悔する。あんなに食欲旺盛なところを見せた後、ロザリアのサラダだけ食べれないなんて彼女に失礼だから。けれどランディの一番苦手なオリーブである。
 何気ないランチの場面なのに、こうも悩んでしまう情けなさに自らあきれ返っているランディだった。
「あの、ランディ様はこちらの入れ物を…。こちらにはブラックオリーブは入っておりませんの」
「うわぁ!ラッキーだな。実は俺ブラックオリーブが苦手だったんだ。そっちのやつ貰っていいかい?」
 キャアキャア騒がしい子供達をよそに、アンジェリーク、マルセル、ゼフェルの動きが一瞬止まる。そして、その視線はランディに集まった。続いてロザリアに…。
 特別に自分の為に作られた事も知らず、サラダを頬張るランディと、みんなの視線にこれ以上はないという赤面をするロザリア。
 アンジェリーク達はランディの鈍感さに呆れている。
 ロザリアには良くわかっていた。いつも反発していたのは彼への特別な気持ちがあったからであり、ランディの好きなもの、嫌いなものなど育成の方法論よりも早く把握していた事も…。
 相変わらずサラダを美味しそうに頬張るランディだったが、それでもこの時から2人の新しい関係が確実に始まっていたのだ。



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 ランディとロザリアは相変わらずの意見の相違があった。
 それは前と同様に仲間内の席であったり、2人きりの執務室であったが、前と大きく異なる事は、どちらかが最後に折れ、もう一方も詫びを入れる結末なのだ。
 おそらくその日が口ゲンカに終われば、次に会う時はギクシャクしてしまう事への恐れと…相手に嫌われたくない…という小心からなのだ。
 それほどに2人の関係は進んではいなかった。友達以上だが恋人未満ともまだ言えない状態だ。ランディの鈍感さがネックだった。
 だが進展のチャンスが訪れた。
 宮殿で行われた晩餐会の帰りに、ゼフェルはアンジェリークを、ランディはロザリアを寮まで送るようにと言い付かる。時計は9時を指していた。
 宮殿の出口で守護聖専用の馬車にそれぞれが乗り込もうとしていたが、突然ゼフェルが予定にない事を言い出した。
「俺達4人はプラプラ歩いて帰るから、馬車はいらねー!」
 そう言うと馬車番を追い返す。
 きょとんとしているのはランディとロザリア。赤くなってうつむいているのはアンジェリークだった。
「一体どこへ行くっていうんだろう、ゼフェルの奴」
「ラ、ランディ様…あの…ワタクシ達あちらから帰りません事?」
「でも、ゼフェルが…」
 ゴツンと肘でつつかれたその後、ロザリアにさえぎられる。
 …お気づきにならないんですか?気を利かせてあげましょう…
 ロザリアの小声と共に、まるでこちらに眼中がないようにスタスタと去って行くゼフェルとアンジェリークだった。
「うそだろ?あいつら…そういう関係?」
「ランディ様!はしたないわ!そういう言い方は!んもう!」
 人をダシにしたゼフェルには納得行かないが、とにかくロザリアを送らなくっては…と、ランディは一番の近道である庭園のコースを選んだ。

 夜の庭園には人影がない。
 噴水に佇む恋人同士も、なぜか今夜はひとっこ1人いないのだ。
 月の光を利用しライトアップが施された庭園を2人は進む。
(こんな風にしていると…デ、デートみたい…かな?)
 急にランディはドキドキしてしまう。連れは特別美人な女の子だ。
(今夜庭園に人がいないのに感謝しよう。いや…本当は)
 彼はほんの少し残念なのだ。
 美しいロザリアと連れ立って歩く姿を自慢したいから・・・ほんの少しだけ。
 ランディにとってはそんな機会は初めてだから…。
 だが、純朴な彼は気付いていない。
 ロザリアにとって彼こそが連れ立って歩くに誇らしい青年である事を。
 聡明な瞳に、零れるような優しい笑顔。鍛えられたしなやかな全身。そして何よりも“信じる事のできる人”だと。
「ロザリア、ちょっと座っていこうか?」
 いつもと違う庭園の夜の静けさがそう彼に言わせたのか、月光の甘い光がそうさせたのか…。
 ロザリアは喜びを隠さず笑顔で答えた。
「はい、ランディ様」
 数時間の庭園での会話は奥手な青年に、初恋のはじまりを提供してくれた。
 もちろんその夜、
 日付が変わるギリギリの時間に、寮母から大目玉を喰らった2人だった。



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 ランディとロザリアは幸せだった。
 育成に関する相違意見も、恋の成せる業か歩み寄りをみせ、平日に庭園や湖で2人の姿を見かけるようになる。もちろん、日の曜日はお互いの部屋で遊んだり、少し遠出したり、それはどこにでもある初々しい若い恋人同士の、あたりまえの日々なのだ。
 ランディは彼女の役に立ちたいと、育成協力を惜しまなかったし、研究院でパスハにフェリシアの育成状況の説明も頻繁に受けていた。

 定例会議のあった月の曜日。
 散会後に散り散りに退室していく守護聖達。
 ランディは会議の議題のひとつだった女王候補の育成報告書を見つめ、ロザリアを思っていた。
(ここのところ毎晩、贈り物としてサクリアを送っているけど、ロザリアは喜んでくれてるんだろうか?)
 恋しい少女を思う彼に、ひとつの影が近づいてきた。
「風の守護聖よ。のめり込む前に足元を見るがいい」
 音もなく近づいたのはクラヴィスだった。
「己の行いが、望みを遠ざけている事を忘れるな。辛い思いをする」
「クラヴィス…さま?どういう…事…ですか?」
 しかし、そんな問いかけに答える様子もないクラヴィスは、他の守護聖の後に部屋を出て行ってしまった。
 クラヴィスの言葉が頭に残るが、謎の多い人物の短い言葉を、重く取れるはずもない若いランディだった。
 そして、クラヴィスの言葉の意味をランディはその晩理解するのだった。



 夕食後の自室、今日は一度も顔を見かける事もなかったロザリアを思うランディ。
 電話をかければ声を聴く事も出来るが、なんだか気恥ずかしくて…。
「ランディ様。女王候補のお嬢様がおみえですが…」
 まさに、良いタイミングの執事の言葉に、ランディーは階段を全力疾走で駆け降りる。
 その軽やかさは恋をした青年自身には気付かない「ときめき」という名の原動力。
 玄関に佇む美しい少女は彼の思い人であり、彼女にとってもランディは思い人。
 だが、何故だろう?ロザリアの瞳は悲しみに満ちていた。
「ロザリア…どうしたんだい?なんだか辛そうだよ」
 息を切らして駆け寄って来たランディを見つめる彼女は、こう言った。
「なぜですの?どうしてランディ様はワタクシを急き立てるのですか?」
「ロザリア…!?」
 悲しみの色から、非難の色に変わる彼女の瞳。
「あなたがワタクシの大陸に必要以上の力をくださって…、おかげ様でワタクシは女王になれそうですわ。それがお望みでしたのねランディ様」
「言ってる意味がわからないよ。君の為にと思ってやってる事が間違っていたのかい?どうしてそんな言い方するんだ。俺は君ともう言い争いはしたくないんだ」
 ロザリアの瞳が元の悲しみの色に戻る。
「女王陛下に直にお会いになった事がありますか?」
「えっ?い、いやまだないよ。それがどうしたんだい?」
 ロザリアが溜息をつく。
「ワタクシ幼い頃から女王を目指していました。候補に選ばれたからには絶対にワタクシが女王だと…。本当はそれで良かったの、他に望みなど何もなければ…。けれどもワタクシには新しい夢が出来てしまった」
 ロザリアは目をそらさない。そっとランディに近づく。
「このままだとワタクシは同じ聖地に在りながら、好きな方とお会いする事もできぬまま生きていかなければならない…。そんなの…イヤ!!」
 怒りと不安と悲しみと、そして恋に揺れる彼女は迷う事なく、その目の前の恋しい青年の胸に飛び込んだ。
 心臓が高鳴るランディ。
 いつも傍にいたのに、手以外に一度も触れなかった身体は、柔らかくそして思った以上に華奢だった。
 そうしてランディは初めて気付く。
 女王の意志はその補佐官の口から告げられる事。
 重く閉ざされた部屋で宇宙に向けてサクリアを放出する陛下の姿を想像する。

(ロザリアと…会えなくなってしまうのか?)
 女王に就任すれば、もう「女王候補ロザリア」ではない。いかに守護聖と言えども、彼の立場では女王にいつでも逢える権限などないのだ。
(俺は…俺は…なんて事を!)
 ロザリアを抱きしめる腕に力がこもる。
 彼女に今どんな言葉をあげて良いかはわからないランディ。
 しかし、とっさに彼女の手を取り、一部始終を見ていた執事に声をかけた。
「馬を……馬を出して下さい!!急いで、急いでるんだ!」
 主が何をしようとしているかは理解していない執事だが、ランディの恋が成就するかどうかの正念場だと理解した老執事は、返事とともに馬の準備に走り去った。



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 まさか、このような時間に守護聖が訪れるとは思っていなかった宮殿の警備兵だが、いつも気さくな風の守護聖が、切羽詰った顔で「開門してください」と頼み込んでくるからには、よほどの緊急時であると判断し従った。
 女王候補の手をしっかりと握り締めて廊下を走り去る風の守護聖を、警備兵は不思議に眺めていた。
「ランディ様…何をなさるつもりなの?」
 星の間の中央に立つランディ。
 本来育成中は守護聖しか入室できない特別の場所だった。
 この部屋は育成の即効性がある空間であり、大陸の育成状況がフルスクリーンによりわかり易く表示される。
「ロザリア、君がフェリシアを大切にしている気持ちは知っている。でも、今は俺を信じて我慢してくれ!」
 ランディはこう思った。
 彼女の大陸には自分の力が多く反映されている。これから毎晩妨害を続ければ、ロザリアの女王への道は遠ざかって行くだろう。
 ほんの数時間前まで、彼女の女王への夢の手助けだけを考えていたランディは、今まさに逆の行動を取ろうとしていた。
 定位置についた守護聖に反応して、天井のスクリーンが起動した。
 だが、見上げる二人に驚くべき事実が突きつけられた。
 中央の島にランディ以外の守護聖の力で、建物がそびえたっていた。。
「そんな…嘘だろ?こんなに早く…」
「いや…いやよ…ランディ様、ワタクシ…」
 身体が凍り付いて涙も出ない二人だった。

「遅かったな…風の守護聖よ」
 2人が振り向いた先には、クラヴィスが立っていた。
 少しずつ2人に近づいてきた、その近寄り難い闇の守護聖の言葉に、ロザリアは初めて声を出して泣いた。
「ほんの数分前に他の守護聖がサクリアを捧げた。明朝ディアやジュリアスがお前とその娘を含め全員に召集を掛けるであろう」
 そのクラヴィスの瞳に色に、若い二人への情が宿っている。
「クラヴィス様…あなたの仰った事が…せっかくつかめたのに…」
 泣き止まぬロザリアの肩を抱くランディも、涙も出ぬ程憔悴していた。
 そんな様子を見つめるクラヴィスは、遠い過去の自分を重ねた。
「ゆけ」
 2人の視線はクラヴィスに止まる。
「夜明けでは遅い。私が今から使いのものに連絡を取る。お前達は、女王の門の近くの東屋に身を潜めていろ。決して人目に姿をさらすな」
 クラヴィスが何を言おうとしているのか、ランディには計り知れなかったが、いつも冷たくあしらわれていた闇の守護聖の真摯な瞳に、コクリと頷いた。
 そして、繋いだロザリアの手を更に強く握る恋をした若者。
 彼の手のぬくもりに支えられて彼女もまた全てを委ねようと決意した。

俺たち・・・どこへ・・・行こうとしているんだろう?
けれど、今は彼女を渡すわけには行かないんだ。たとえ相手が宇宙であろうと・・・。




第一話 -出逢い- END


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