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10月9日、早朝。
ガタガタ、カタンという乾いた音に、頼久は目を覚ました。
足早に去ってゆくスニーカーの音を聞きながら視線だけを玄関へと向ける。
少し首を捻るだけで、その全てが見渡せる狭いアパート。
布団から出なくとも、たとえ首を捻る暇さえなくとも、ただ視線を動かすだけでも居間(兼寝室)から続く小さな台所と、風呂場のドア、そして玄関までが一瞬にしてその視界に入ってくる。
そんなアパートの一室。
ここは、家賃は収入の三分の一までという、都会ではなかなか守れない家計の原則をきっちりと守った頼久の現代での住まいだった。
先ほどの音のせいで、目を向けたアパートの玄関。壊れてふたが開きっぱなしになっている郵便受けには何も入っていない。カタンという音は隣の部屋に新聞が届いた音。だが、頼久の目は郵便受けなど見ておらず、最初から他の場所・・・狭い玄関のたたきの、そのさらに隅っこに置き忘れられた真っ赤な傘を見つめたまま動かなかった。
全体的に薄暗い部屋の中で、この一角だけに、まるで赤い花が咲いているような明るい色を放っていた。
玄関とは反対側にあるベランダからは昨夜から降り続く雨が見えた。雨の勢いは次第に強まって、先ほどから幾筋かの水の流れを窓ガラスに作り出していた。
けれど玄関に置かれた傘は、からからに乾いていて、今にも、ぱたりと音もなく倒れてしまいそうだった。
頼久は傘を見つめたまま、あの日から丁度一週間経ち、また雨の土曜日がやってきたことを考えていた。そして今日が自分の生まれた日であることも。
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