神子殿
それでも私はあなたを
自分だけのものにしたかった……
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ああ、いつも己はそうだ……
今朝の出来事を反芻しながら、頼久はきつく目を閉じる。
いつもと同じように主を迎えにゆき、いつもと同じ道を歩き、そして川面に映る光を眺めた。
いつもと同じように、神子殿の横顔を、頬にかかる髪を、見つめていた。
そう、全てはいつもと同じだと思われた。
だが、不意にあかねの口が開く。
「私、頼久さんが好きです」
「……」
あかねに好きだと言われ、心の底では嬉しかった。けれど、その言葉を信じることができなかったのも事実。
からかわれているのか
それとも―――
「いい加減にしていただきたい」
あかねの顔が脅えていることに気が付いたのは、そう怒鳴ってしまった後だった。
怒鳴るつもりなどなかったのに…
けれど、いつも自分はそうなのだ。欲しくて、欲しくてたまらなかったものを、いざ目の前に突き出されると、次の瞬間には、それを失うことを恐れ、己の手を、心を閉ざしてしまう。
そして、今、あかねと共にいるのは自分ではなく、友雅であるということが現実だった。
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一体何をしている……
あかねの部屋をじっと凝視しながら頼久は唇を噛んだ。
先刻、友雅があかねの部屋に上がり込んでから、もうずいぶんと長い時間がたったように感じる。御簾のわきから中を伺えないかと、目をこらしていた頼久だが、今、彼のいる場所からあかねの部屋は遠く、そのかすかな望みはかなえられないでいた。
そんなに気になるのならば、もっと近くに行けばよい。
それほど知りたいのならば、いっそ声をかければよい。
しかし、自分の怒鳴り声に驚き、泣いて駆け出していった彼女を追いかけることもできず、かといって、ほうっておくことなど、なおさらできずに、結局は誰にも見つからないよう、いわば、尾行をした形になってしまった頼久は今の場所こそ自分に似合っていると思う。
そう、彼女が不意に庭に顔を覗かせても気付かれない場所。そして同時に自分の視界にも彼女の姿が入ることはできない場所。その程度に離れた、この場で、ただ中の様子を伺うのが精一杯で……
あかねの部屋まで行き、声をかけられるくらいならば、最初からあかねの言葉を拒絶することなどなかっただろう。
けれど、どうして
どうして神子殿、あの方をお呼びになったのですか。
貴女は私を好きだと、そう、言ってくださったのではないのですか。
汗ばんだ首筋に貼り付いていた髪が、風に揺れた。
今年の夏はいつになく蒸し暑く、彼岸をとうに過ぎても、なかなか涼しい風が吹くことはなかった。
それが今は、まるで気まぐれのように心地よい風がそよいでいる。この気まぐれな風は誰の心に波を立てようとしているのか、頼久の耳にひとつの音を運んできた。
「あっ…だめぇ」
―――っ神子殿っ
頼久の周囲だけ風が止まった。
熱に包まれたように身体が熱い。風は止んだはずなのに頼久の耳にはあかねの声が流れ続けていた。
己の駆ける足に作り出された風に乗って、あかねの声は一層大きく彼に届く。
「あっ、あっ……んんっ」
頼久の心臓の旋律が乱れ、息が詰まりそうなほど激しく打ち付けて、駆け出す足は空回りしていた。
カッと見開いた瞳は見えないはずの……友雅の身体の下で蠢く、あかねの裸体が映し出される。
神子殿、やはりもう遅いのでしょうか。
それでも、神子殿、それでも……
私も貴女が欲しいと、心の底から貴女を欲していることに気付いたと、そう言ったら―――
……まだ、あなたを愛していてもよいのでしょうか。
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頼久さんを嫉妬させれば、そうすれば、もしかしたら―――
友雅さんを部屋に呼びつけ、それを頼久さんに見せ付ける。
もしかしたら、もしかしたら…そうすることで頼久さんの心を自分に向けることができるのかもしれない。
この芝居に賭けてみようか……
芝居と言う名の、一世一代のこの賭けが自らを危険にさらすと同時に、これにかかわる全ての人間を傷つけるものだというところまで、幼いあかねには心を働かせることができなかった。
ただ頼久一人の心を求めるゆえに安易に起こしてしまった行動。だが、あかねが、自分のそんな考えが愚かであることに気付いた時はもう遅く、友雅の指は、唇は、執拗にあかねを追い詰めていた。
友雅
―――彼もまた、あかねを愛した男の一人だ。
あかねとは違う考えのもと、頼久に見せ付けたいと思う人間の一人であった。
「だ、だめっ、あんっ…はぁぁ、っ……」
友雅は自分にしがみつくように身体を摺り寄せるあかねを膝の上に抱いて、その蜜の滴り落ちる秘所を指だけで弄んでは、あかねを絶頂へと急き立てていた。
「神子殿、イキたいかい?」
そう言って、あかねの中で指をクッと折り曲げる。
「ああぁっ…やぁっ、い…イっちゃうっ」
「ほら、私の指でイってごらん、あかね」
言葉とともに指がまた一本増やされて、最奥へと突き上げられる。
それまで遊んでいた残りの指も、溢れ出る蜜を掬い上げては、ぷっくりと膨らんだ場所へ塗りたくり、その蜜に滑らされるように紅色に染まった花びらを、花芯を擦り、摘み上げる。
「あっっ、ほんとに……だめぇっ、いく、いく…イっちゃうよぉ……」
友雅の腕の中にあかねはぐったりとした身体をあずけた。
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友雅の暖かい手に髪を撫でられ、ぐったりとしていたあかねは、ガタンという大きな音と、急に差し込んできた光、そして自分を抱きしめている男の瞳の色の変化を見つけると、勢いよく後を振り返った。
そこには肩で息をし、獣のような眼差しで自分を凝視している頼久が立ち尽くしていた。
あかねが自分の身を賭けてでも欲しいと思った男が。
「よ、頼久さんっ、来てくれたんだね」
「神子、殿……」
頼久はあかねの着物の裾こそはだけてはいたが、決して自分の想像していた姿ではなかったことに、安堵を覚える。
だが、頼久は即座に、あかねの潤む瞳と、内側から紅く染められたような肌に女を感じた。
それを引き出したのが、愛しい主の後ろで冷静に微笑みを向けてくるあの男であるかと思うと、無意識のうちに手は腰にある刀を探した。
そしてその刀をおもむろに掴むと、自分を求め両腕を伸ばしているあかねをも無視し、光る刃先を自分の頭上で構えた。
「はな、…れろ……」
「頼久さん?」
「頼久、何を……」
二人の声が重なる。
頼久は再び口を開くといくぶん大きな声で同じ言葉を放つ。
「……離れろ」
「なんとも物騒だね」
友雅の顔は笑みを保ってはいたが、その実「この男は本気だ」と直感する。
---このままではあかねに嫌な思いをさせてしまうかもしれない。
なんとか頼久を止めなければ。
闘えというならば、受けて立とう。ただ、そんな血なまぐさい場面をあかねには見せられない。
「なぁ頼久、お前が憎いのはこの私だけだろう。だったら…」
友雅の言葉はどこまで頼久に届いたのだろうか、彼の目は友雅を見据えていた。
「……っ神子殿に触れるなあぁっっ」
頼久は叫ぶと、無駄な動きなど一つも無く、ただ真っ直ぐに……
刀を、振り下ろした。
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