Scene 1


「さてと、そろそろ行くか」

夏休みに入った初日、俺は一人、海へと旅立とうとしていた。
夏の間、リゾートホテルで住み込みのアルバイトをするためにだ。

・・・来ねえな・・・

道の向こうをじっと見る。
俺は声に出さないまでも、心では同じ言葉ばかり繰り返していた。

もしかしたら、あかねが見送りに来るかもしれないと
ギリギリまで待ってはみたが、それはどうも俺の見込み違いだったらしい。

・・・そうだよな、あいつが来るわけないか・・・



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― この頃・・・俺とあかねの仲は最悪だった。



ほんの数ヶ月前まではこんなことはなかった。
仲間内から冷やかされるほど、俺とあかねの仲は上手くいっていたはずだ。

思えば、あかねは昔から俺にとって誰よりも身近なやつだった。
親友、というのはあかねのような存在をいうのだと思った日だってある。
気の合う仲間や、友達ってのは他にも大勢いたが、あいつはその誰とも違った・・・
あいつの代わりになる奴なんて誰一人いないって思ってたんだ。

「お前のことは俺が絶対に守ってやるからな」

恥ずかし気もなく言ってきた言葉。
そんな時、あいつはいつも「その時はよろしくぅー」と冗談めかして、けれどとても嬉しそうな顔で笑ってた。その顔が俺は大好きだったんだ。

だけど・・・・あの時からは・・・守ってやる、と簡単に言えなくなっちまった。
好きだという気持ちが無くなったんじゃない。今だって誰よりも大切に感じてる。
けど、何か違うんだ。わかんねーけど、何かが違うんだ。何かが変わった。

異世界へと引き込まれ、訳もわからずに『八葉』として闘わなくてはならなくなった、あの時から。

「守ってやるからな」
そこは、普段から口にしていた、この言葉が通用しない世界だった。
仲間がいるとはいえ相手を倒すことだけで精一杯で、あかねを守る余裕などありはしない。少しでも気を抜けば自分の身ひとつ守れないで、逆にあかねに負担をかけてしまいさえする現実に俺は愕然としたんだ。

っくしょう・・・あいつが目の前で苦しんでるってのに・・・・


全てを終えて元の世界に戻ってこれた時、既に季節は変わっていた。
吹雪くように散っては舞っていた桜も、深緑の葉をゆったりと揺らして、その隙間から新しい光があふれていた。
その時、俺はこの世界の全てが違って見えた。
あかねも、詩紋も、そして自分も。
そこにはもう
「お前を守ってやる」
そう簡単に言えなくなってしまった自分がいた。
変わってしまったのだ、と思う。

あの時・・・・
あかねに何もしてやれない自分が情けなかった。
そして目の前ではいつも、自分ではない誰かがあかねを守っていた。
それが何よりも悔しくて、情けなかった。

「俺と付き合ってくれないか」
あかねにそう言ったのは、この世界へ戻ってきてすぐのことだ。
「うん」
少しだけ恥ずかしそうに、だけど、すぐに頷いてくれたあかねを見た時は、嬉しいと思う前にほっとしたことを憶えてる。

皮肉なもんだ。
だって、俺たちの仲が気まずくなっていったのは、俺たちが友達じゃなくて恋人同士になってからなんだから。
あれ以来、どうもぎこちない関係になっちまった。
最初は恋人なんてこんなもんかなとも思ったさ。やっぱ照れるしな。さすがのあいつも恥ずかしいのかなとか。まあそのうち前みたいに話せるだろうって。

けど、付き合い出して一ヶ月経った今・・・俺たちは会えば喧嘩ばかりしている。
あいつが悪いわけじゃない。そうさ、あいつは何も悪くねえ。
喧嘩をふっかけてるのは俺の方だ。
だって、ムカつくんだよ。・・・なんか焦っちまうんだ・・・わけわかんねーけど。
勝手に焦って、喧嘩ふっかけて、挑発して、怒らせて・・・そんで気の強いあいつを泣かしちまう。

俺たち・・・少し離れてみたほうがいいのかもしんねぇな。

俺は、この街を離れてみようと思った。
それが、この夏休みの住み込みのアルバイトだ。
「ねえ、夏休みはどうする?」
あいつと、そんな話をしてたことを承知の上で一人で決めた。

俺が自分の計画を話した時、あいつは怒らなかった。泣くこともなかった。
ただ、一言・・・勝手にしろと
その、たった一言だけを残して、振り向きもせず俺の前を去った。



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『もう・・・・・勝手にすれば』


最後に会った時のあいつの言葉が今も俺の頭から離れない。


「クソッ」

・・・・好きだ、なんて・・・・あいつには迷惑な話だったのかもしれない。
好きだ、なんて・・・言わなければよかったのかもしれない。
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