Yes - あなたに罪を -



ねえ、ヘル、君がどんな娘だろうとも
僕は、本当はね・・・・
いや、いいんだ、そんなこと

だって、きっと
これまでの
君と、僕の
魂が凍えるほどの
永く永く果ての無い日々に比べれば
何もかも、どうでもいいことなのだから

もう、いいんだ

一度は手放し、憎み、憎まれ、求め
焦がれてやまなかった僕らの

そうさ、まだ旅を終わらせやしない






 光は柔らかく、どこからか吹く風は優しい。
 時折、風にそよぐ髪の気配がした。
まるで眠りと目覚めの途中のような穏やかさに蔽われている。


 限りなく静寂な時間の中に二人はいた。
 誰にも邪魔されることなく、他の誰のことも思う必要もない場所に。

 存在の意味を与えられぬままに幾歳月を見つめてきたのだろうか、枝の伸びきった大樹の堅い幹を背に座り、ゆったりとくつろぐ男と、その傍らで柔らかな草に無防備に足を投げ出して本を読む長い髪の少女。彼女は自分を包みこむ大気を全身に感じ、安心したように再び本に視線を落とす。

 男はいつも、そんな少女の姿に少し目を細めて、しばらく見つめてから名を呼ぶ。
 
 --- ヘル

「お父様、どこ?私を置いていかないで」

 いつも自分を見ようとしない父親に、もう声を枯らすこともない、届かぬと知っている腕を伸ばすこともない。

「お願いです。私を置いていかないで、私はここ、ここにいるのに」

 愛してるの - 愛してるの?
 もう、全て必要ない。
 だって、愛してるの。
 でも……

 --- ヘル

 少女は、ロキのその声には振り返らず、視線は文字を追ったまま、少しはにかむように笑って、それから満足そうにパサリと本を閉じた。






「ヘル、さあ、立って、こっちへおいで。僕のところへ」


 永い時間、待ち望んでいた自分を呼ぶ声。

 けれどロキが自分へと声をかける度、いつもヘルは身体を一瞬ピクリと震わせてしまう。そして小さく息を吐くと、自分が身構えているという事実を隠すようにして、それからそっと振り返る。

 お父様が見てる…

 「いやらしいね、ヘル」
 「もう、こんなにしてるんだ」
 「一人で感じちゃって、いけない子だね」

 ヘルを抱く時、ロキはいつでも彼女が恥ずかしがるような、嫌がるような言葉ばかり与えていた。そして、その言葉を嫌がりながら、否定しながらも、悦びを隠せないヘルの身体。

 「ヘル」

 ロキがそう呼びかけるだけで、ヘルの頭の中に自分を戸惑わせ、そして蕩けさせたいくつもの父親の声が蘇り、浮かんでは消えた。
 
 そのせいなのか、呼ばれた声に振り返り、ロキへと向かったヘルの視線は僅かに揺らいでいる。清んだ湖のような翠色の瞳も脅えているようにさえ見える。

 けれど、その姿をロキは美しいと思い、そして確信する。
 まだ触れてもいないヘルの身体がロキの、そのたった一言で熱を帯び濡れてゆくことを。
 そしてロキの口から放たれる次の命令を待ち焦がれ震えていることも。

「どうしたの?ヘル。返事もできないの?」

 意地悪なロキの質問に、ヘルは半分開きかけた口を躊躇うように閉じると、その唇の端をぎゅっと噛んだ。

 ---おかしな子だね

 ロキは、ほんの少しだけ首を傾げた。

 ヘルの顔を覗き込むようにして軽く笑うと、即座には立てないヘルの顔へと腕を伸ばす。まるでヘルの熱を奪うかのようにその紅い頬を、ロキは掌にしっかりと包み込むと、もう一度、今度はゆっくりと「お返事は?」と訊いた。

「あ…」

 伏せられた目蓋の下でヘルの長い睫が小刻みに震え、普段はそれを際立たせるような白い頬が今はロキの掌の中で紅く染まっている。

「おいで早く」
「・・・はい、お父様」

 お返事のできない子だと思われてしまっただろうか…

 ヘルは沈んだ表情のまま、それでもなんとか膝で立つとそのまま膝を引き摺るようにしてロキの元へと歩みよった。

「違うでしょう?ヘル」

 座り込んでいるロキよりも背が高くなったヘルの顔に疑問が浮かぶ。

「お父様?」

 答えを求めるように自分を見つめ続けるヘル。ロキはにやりと口の端を愉しそうに上げ、その顔を上目遣いでじっと見つめ返してみる。

「わからないの?」
「え・・・」

 仕方ないなぁ。

 ロキが立ち上がり、今度はさきほどとは逆の、ヘルよりもずっと高い位置からその姿を見下した。

「まったく。この間から何度目?僕が、おいで、と言ったら服を脱ぐんじゃなかったっけ?」

 …そんなこと…確かにお父様との約束だけれど…

「…でも、」

 ぴたりと動きの止まったヘルは困ったように下を向き、自分の膝小僧とロキの爪先との隙間を見つめていた。

「ねえ、ヘル」

 ヘルの頬を撫でていたロキの手に力がこもる。
 下唇にあてられたいた親指が、そこを撫で、それは頑なつぼみを開かせるように幾度か往復する。
ただそれだけで、ヘルはうっとりとした表情になり、無意識のうちに唇を開いてゆく。

「んん…」

 ロキは自分の指にヘルの唇が開きかけたことを感じると、ふいにその動きを止めてしまった。
そしておもむろに指の腹をヘルの柔らかな唇の真中に、ギュと押し当てる。そのまましっかりと掴んだヘルの顎を自分の方へ上げ、揺らぐ視線を引き寄せた。

「あっ」

 急に感じた大きな力に、ヘルの瞳が意思を持ち、はっきりとロキをとらえた。そこには面白そうに、けれども少しも笑っていないロキが映っていた。

「僕との約束が守れない?」
「そんなことない、けど」
「ふうん、じゃあ、ヘルはすぐに忘れてしまう悪い子なんだ」

 悪い子、という言葉がヘルの心の奥深くに突き刺さった。

「そんなっ!ちっ違うっ…そんなんじゃないです」

 違う、そうじゃない。悪い子じゃない、ずっとずっといい子にしてた。これからもいい子でいるから、だから、嫌わないで。


 ああ、そうだね。
 ヘル…君は悪い子なんかじゃない、そんなこと知っているよ。


「違わないだろう?ヘル、君は何度言っても僕の言いつけを守れないじゃない?それともわざとそうしてるの?僕におしおきされたくて?」
「・・・・」
「どちらにしても、いけない子だ」

 瞳を潤ませて自分を見上げているヘルの口へと親指を挿し込む。

「そんな顔して…もしかして、もう欲しいのかい?」
「違うっ」
「そんな顔して・・・どこが違うの?説得力ないよ。そろそろ認めたら?」
「そんな…」
「言ってみなよ、何が欲しい?」
「……」
「答えられない?」

 すっと引き込まれるように指は呑み込まれ、すぐに熱い舌へと絡んでしまう。
 頬に添えたままの残りの四本の指に力を入れヘルの顎をしっかりと掴むとロキは親指だけで器用にヘルの口内を弄ってゆく。
激しくはないが、まるで生き物のように自由自在に、ぴちゃと音を立てながら自分の内側を這う指にヘルは鼻先から甘い息を漏らした。

「…んっ」
「キス、して欲しい?」

 唾液が絡みついた指をヘルの口から取り出し、頬へと擦り付ける。

「ふっ、ベトベトだ」
「や、やめて」

 ロキは上体を倒すと、ヘルと唇が触れ合う直前まで、わざと顔を近づける。

「ヘル…ねえ、キスして欲しいかい?」

 ロキの陰に隠されたヘルの頭が小さく頷いた。

 けれどその口から声が出ることはなく、羞恥のせいかロキを見ることすらできない。

「言えないの?まったくヘルはいくつ約束破るつもり?」
「やくそく?」
「こっちも忘れちゃったの?ちゃんと自分の言葉で言うって約束だったじゃない」
「あ…」

 はっとして顔を上げたヘルの唇に、いきなりロキの唇が噛み付きまたすぐに離れた。
「痛っ」

 一瞬ではあるが、キリリとした痛みを感じたヘルは思わず大きな声を上げてしまう。唇の端に血が滲んでいた。
 自分でも気付かぬうちに青ざめたヘルの顔色とは対照的に、ロキは口角を上げると口先で小さく笑った。

「どうしたの、そんなに怯えちゃって」

---キスしてもらえるとでも思った?
---気持ちよくしてもらえると思った?

「ヘル、いつだって君は約束を守れないじゃない」

 ヘル、と呼びかける声は優しく、口元は綻んでいる。だが決して笑っていないロキの瞳にヘルは言葉をなくし、ロキを見つめたまま首を左右に振った。

「駄目だよ、ヘル。約束を守れない悪い子にはご褒美なんてあげられないでしょう?」

 ロキはヘルの耳元へと顔を寄せる。

「それとも…」

---ヘルは、お仕置きされたくてわざとそうしてるの?ああ、そうかヘルは恥ずかしいことや、いやらしいことされるの大好きなんだもんね---


 ロキの声が呪文のようにヘルを縛り始めていた。





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