りぼん - 1




「箱OK!ラッピングもOK!手紙も書いたからこれもOK!」

あかねが頼久へ初めて贈るバレンタインデーチョコの準備は万全だった。

キッチンのテーブルの上に乗っているそれを見て、あかねはニッコリと微笑む。

自分が選んだ入れ物は、素っ気無い木の小さな箱だったけれど、そういうのが頼久には似合うだろうし、なかなかシンプルで可愛いと思う。
これを薄い桃色とバニラの色の紙を重ねてふんわりと包んで、でもこれにリボンだと甘すぎるから、茶色がかった黄緑の紐で結わいて、結び目のところに本物の葉っぱをくっつけてみよう。

「よし、これで少しはお花っぽくなったかな?」

綺麗にラッピングを終えた箱を見て満足そうな顔をしてから、ふと脇へ目をやると、その顔は途端に曇ってゆく。
そこには箱の中に入れた手作りのチョコレートの残骸が不揃いな形のままトレーの上に転がっていた。

「ラッピングはOK・・・でもさ、問題は中身なんだよね・・・」

何度も味見を繰り返したはずのチョコに、もう一度と手を伸ばす。

「おかしいなぁ」

指先でつまんだそれは、自分でも思わず首をかしげてしまうような香りがする。
色も茶色というよりも、黒。それも異様なほどに黒かった。
食べてみれば、それは確かにチョコレート・・・けれども何かが違うような気がする。
本に書いてあるとおりに作ったとは思う。
ナッツに、ココアパウダーにオレンジピール・・・・初めて手にするものも全部用意して、湯せんにかける時間もピッタリだったし、分量だって間違ってないはず。
それなのに出来上がったものは、本にある写真とは似ても似つかない代物だった。
形が不揃いなのは自分のせいだとしても、ここまで違っていいのだろうか?
いや、それ以前に、これをチョコレートとして渡していいのだろうか?
目の前の小さなチョコをじっと見つめていると、自然に難しい顔になってくる。
だが、そのまま考え込む時間はあかねにはもう無かった。

頼久の部屋へ行く約束の時間は6時。そして今はもう5時。

「うそ・・・まだ支度できてないよ」

日が長くなってきているとはいえ、まだまだ夕暮れは早い。
窓の外に日差しはなくその暗い空は容赦なくあかねを焦らせた。

慌ててキッチンを後にして自分の部屋へと駆け込むと、あかねはおもむろにそれまで身に着けていた洋服を脱ぎ捨てて、前日から準備してクローゼットの前に掛けておいた服に着替えた。
・・・頼久が「きっと似合うよ」とプレゼントしてくれた服に。

「可愛い服だよね・・・頼久さんこういうの好きなんだ・・・でも、ちょっと可愛いすぎるかも」

だが、思い出したように時計を見ればもう一分一秒すら余裕なんてなくて、あかねはラッピングしたチョコレートを掴んでしっかりとバッグに入れると、その足で玄関へと急いだ。
ほんの少しヒールのある、足首まで編上げになったブーツに足を入れる。が、気持ちばかりが焦ってしまい指先は言うことを聞いてはくれない。靴の紐を上手く結わくことができずに、その顔は今にも泣き出しそうに歪んでいる。

「もうっ、なんなのよ。もうっ・・・いいよっ」

しまいには紐を結わくことを諦めて、靴箱の中から他の靴を出しそれに履き替えると、あかねは散らかった靴を片付けもせずにドアから飛び出していった。






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「あっ!忘れた!!」

家からずっと駆け足をしていた、あかねの足がピタリ止まった。

「プレゼント・・・買ってないじゃん・・・」

今から買いに行く時間なんてない。もちろん家に戻ったところで用意もしていないプレゼントがあるわけもなかった。しかもあかねの目には既に頼久の住むマンションが見えている。
仕方ない・・・よね・・・誰に言ういうでもなく呟くとあかねはまた歩き出しマンションへと道路を渡っていった。

エントランスに並ぶ外灯を一つ、二つと眺めながら3段ほどの階段をあがる。
エレベーターへと向かう自動ドアのロックに指を伸ばし、押しなれた番号に触れようとした時、あかねの視界に何十と並んだ郵便受けが飛び込んできた。
新聞が束になって顔を出している部屋。名札もなく生活を感じさせることのない部屋。厳重にいくつもの鍵を取り付けている部屋。
それらの中に一際目立つピンク色をした包みを見つけた。端っこしか見えないけれどリボンが掛かっていることはすぐにわかった。

誰かから、誰かへのバレンタインのプレゼントなのだろうか。

あかねはそう思った途端に押しかけたキーから指を離してしまった。

ドアから少し離れて、そのガラスに映った自分の姿をもう一度見てみた。

頼久が選んでプレゼントしてくれた洋服は、いつも自分が好んで身に付けているシンプルなものとは違い、いかにも女の子といった感じで、その中の自分は洋服に負けてしまっているような気がする。
洋服だけが目立っているように見えてしかたない。
それに・・・頼久に渡そうと頑張って作ったチョコレートは結局は上手にできなかった。真心こそこもってはいたが、大人の頼久にあげるにはあまりにも稚拙な出来を認めるしかなかった。
しかも、自分はバレンタインのプレゼントすら用意する余裕がなくて、バッグの中には出来損ないのチョコが1個入っているだけ・・・。

「どうして。どうして私っていつもこうなんだろ・・・おまけに足は痛いし・・・」

俯いて自分の足元を見る。穿きなれない靴のせいで爪先がじんじんして熱くなっていた。
あかねは約束の時間を過ぎても電話一本も無いことを心配して頼久がロビーまで降りて来ていたことなど気付かずに、ただ足を見つめていた。

「あかね・・・?」

頼久がガラス越しにあかねを見つける。

そこには、惨めで情けなくて、今にも泣き出してしまいそうな女の子が一人映っていた。







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