シスター・アンジェリーク 7







 東の空に太陽が昇ってくるのが見える。

 私はベッドから一歩も動かずに朝を迎えた。

 ベッドからそろそろと起き上がり、まだ薄暗い部屋の中を歩く。ふと鏡に映る自分が目にとまり、その姿に少したじろいだ。


 ・・・・・私はこんな顔をしていたかしら・・・・・・


 知らぬ間に鏡を見入っていた私は、自分をこんな顔にさせる男に会いたいと思った。彼が・・・レヴィアスが欲しいと、私の中で泣き叫ぶ自分を初めて認めた。







「アンジェリーク、どうしたのよ、こんな朝早くから!でもよく来てくれたわね、さあ入ってちょうだい!」

 失礼を承知の上で早朝から出向いた私にとって、明るいレイチェルの声は私を安心させるのに十分だった。
 そして、あいかわず魅力的な彼女の後に続き、これまたあいかわらず豪華な部屋へと案内される。彼女はお茶を運んできたメイドからひったくるように、そのトレイを奪うと、部屋の人払いを命じた。

 ああ、私もレイチェルくらいはっきり物が言えたらいいのに・・・・・・・・

「アンジェリーク」

 彼女が真剣な顔で私を見る。

「ねえ、一体何があったの?あなたがうちへ来るなんて、よっぽどのことでしょう?さあ、話してちょうだい」

 レイチェルの横顔は美しく、そして姉のように頼もしい。私は彼女に全てを話した。

 レヴィアスという名を口にした時、レイチェルの表情が一瞬曇ったように思えたが私はそれを無視して続けた。しばらく黙り込んでいたレイチェルが再び口を開く。

「・・・・そう・・・あなたはそこまで想っているのね・・・・本気・・・なのね?」

 私は黙って頷いた。

「ちょっと待ってて、父に聞いて来るから・・・・・きっとその彼のことわかると思うわよ」
「ありがとうレイチェル、お願いするわ」

 ソファから立ち上がりながら、レイチェルは少し笑う。

「あなたは何も聞かないのね・・・・そう言えばいつもそうだったわね」
「何がなの?レイチェル?」
「私の父のことよ。知ってるでしょう?何をしている人なのか。だてに顔が広いわけじゃないって。皆、私の父を嫌うわ。でも、アンジェ、あなたは昔から違った。私の父のことを知っても何も変わらずに仲良くしてくれたのは・・・・アンジェ、あなただけだったわ、今も昔もね」
「だって私はあなたが大好きだから・・・・それだけだわ」

 レイチェルはほんの少しだけ困ったような顔をしたが、すぐに笑顔に戻り軽くウインクをすると「すぐ来るわ」とだけ言って、部屋を出ていった。

 ・・・・・レイチェル、あなただってそうよ。あなただけが私をアンジェリークとして接してくれてたの。そして私はもう一人、あなたと同じようにしてくれる人を見つけたのよ・・・・・

 でもね、レイチェル・・・・私、彼には大好きだって言えなかったわ・・・・言えば何か変わってたのかしらね?・・・・・・・・

 レイチェルは部屋を出て行った時の言葉通り、またすぐにアンジェリークのもとへ戻ってきた。だが彼女の美しい眉根は寄せられ、苦痛ともいえる顔をしている。

「アンジェ・・・レヴィアスのことなんだけど・・・・悪いことは言わないから忘れたほうがいいわ」

 思いもよらない親友からの言葉にアンジェリークは激しい憤りを感じ、レイチェルに食って掛かかる。

「どうしてっ!」
「知らないほうがいいことだってあるのよ、アンジェ」
「嫌よ、知ってるのね、レイチェル、だったら教えて・・・・お願い教えて、あなたに迷惑かけないから、お願いよっ!」

 レイチェルは涙を浮かべてまで自分に責めよってくるアンジェリークを初めて見た。

 ・・・アンジェ、あなた本気なのね、彼を愛してるのね。
 私の知ってるあなたは、そんなに激しい感情を見せることはなかったわ・・・・でも・・・それほどまでに彼を愛してるってことなのね・・・・・・・アンジェリーク・・・・・・・

「後悔しないでね、アンジェ」

 アンジェリークが深く頷くとレイチェルは話しはじめた。

「レヴィアスって名前は聞いたことがあったのよ。もちろん悪い噂だけどね。
あなたの言うレヴィアスが別人ならいいと思ったけど、やっぱり彼だったわ。
彼はスナイパー・・・・・・殺し屋よ。それも冷酷で、そして優秀なね。
彼の殺り方は・・・・ターゲットが男ならば、喉を掻っ切って声が出ないようにしてから、女ならば・・・・犯してから・・・・殺るわ。彼のやり方を気に入る人間は多いわ。復讐は残酷なほど甘美だからでしょうね。アンジェ、あなたが公園で見たのは殺される前の女だったんだと思う。髪の色が違うのはおそらく変装か何かでしょう。ところで最近、彼が帰ってこない日があったって言ったわよね?彼はその時、きっと仕事だったのよ。そして彼はしくじったの。今は彼がターゲットにされてるわ。多分・・・・・・全ては仕組まれた罠だと思うけど」

「そんなっ・・・」

 アンジェリークの顔から血の気が引いてゆくが、それにかまわずレイチェルは話を続けた。

「どんな世界でも出来る奴ほど妬まれるわ。ましてやこういう世界では特にね。
きっと彼もそれはわかっていると思う。そしてそうなった時のこの世界でのやり方もね。
・・・彼はあなたを巻き込みたくなかったのね・・・・きっと彼もあなたを愛してしまったんだわ」

 レイチェルが話を止めると、二人の間にはしばらく沈黙が続いた。
 その沈黙を破るようにレイチェルがアンジェリークの顔を見据える。

「アンジェ」

 アンジェリークはハッとしてレイチェルの顔を見た。

「アンジェ、今なら彼の居場所がわかる。
あなたの教会から北へずっと行くと古い館があるのは知ってるわね、彼は今、そこにいるわ。でもいつまでも同じ場所にはいられないの。行くなら今しかないわ・・・でも、行かないなら全てを忘れなさい・・・・・・どうする?アンジェリーク?」
「行くわ」

 アンジェリークは立ち上がった。レイチェルがその肩を優しく抱き寄せる。

「そう言うと思った・・・・・行きなさいアンジェリーク」

 アンジェリークはレイチェルに何度も礼を言うと、手紙を書くからと言って駆け出していった。
部屋に一人残ったレイチェルの脳裏にアンジェリークの真剣な顔が浮かんでは消える。

 ・・・バカね、アンジェリーク。あんな男に惚れるなんて。
 バカよ、本当に・・・・・手紙なんて本気で言ってるの?
 あんたは何も知らないんだわ。あいつらの世界はそんなに生易しいもんじゃないってこと。手紙なんて書ける日があると思ってるの?
 ・・・・・・・・・・でも、アンジェ、もしかしたら・・・あんたなら本当に手紙をよこすかもしれないわね。
 そうね、私・・・あんたの手紙を読みたいわ・・・絶対に。

 レイチェルが携帯電話を手に取ると、かけ慣れた番号を指で押した。

「ああ、私よ、レイチェル。そう娘よ。ええ、そう。
ところでレヴィアスを知ってるわね。そうよ、あのレヴィアスよ。ああ、そこまで知ってるなら話は早いわ。で、その件だけど、何とかならないかしら?ええ、金に糸目はつけないわ、知ってるでしょう?ええ、・・・・・・・そうよ。他の誰を殺ってもいいわ、責任は私が取るから・・・・・ええ・・・・・・必ず。
そう、よかったわ。・・・・・・・もしレヴィアスが死んだら、その時は・・・・・わかってるわよね。
じゃあ、お願いね。え?どうしてですって?そういうことは聞かないのがお約束なんじゃないの?フフッ、まあいいわ・・・・ちょっとね、どうしても手に入れたい物ができたのよ・・・・」

 電話を終えるとレイチェルは軽く微笑んだ。
 アンジェ、私は、あんたからの手紙を必ず読んでみせるわ、そう、あんたに幸せな手紙を書かせてみせる・・・・・・・どんな手を使ってもね。







 アンジェリークは急いで教会へと戻ると、礼拝堂へは行かずに、そのまま自分の部屋へ入り鏡の前に座った。
 目の前を見つめながら静かにケープをはずし、修道服を脱ぐと、純白の下着に包まれた自分がそこにいた。

 それからアンジェリークはベッドの下に手を伸ばすと、ほんの少し戸惑いながらも昨夜レヴィアスがくれた箱を取り出す。
その箱を見ながら、身に付けていた下着を全部脱ぎ捨てると、真白い胸に古びた十字架だけが光っていた。

 箱の中からそうっと黒い下着を手に取ると 、それを身体にあてて鏡の前で確かめてみる。

「私に似合う?・・・・・・これが?こんなの私じゃないみたい・・・・・・」

 躊躇しながらも、アンジェリークは思いきってそれを身に付けてみた。
鏡の中には、黒いシルクの妖艶なレースに包まれた女が、自信なさげに微笑んでいた。
しかしストッキングに足を通し、ガータベルトを付け、ドレスを身に纏うと、そこにはまるで別人のような彼女が現れた。

 レヴィアスのプレゼントが彼女からシスター・アンジェリークを脱ぎすてさせ、ただの女に戻してゆく・・・








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