シスター・アンジェリーク 5







 アンジェリークの懺悔は日毎に長くなってゆく。
 とりわけ今夜は永遠とも思えるほどの長い時を、主の前で過ごしている。


 日曜礼拝だった今日は、町中から顔見知った人々がこの教会へと訪れた。
 その中には幼なじみの男女のグループもいたし、小さな頃から可愛がってくれている近くのパン屋さんのご夫婦や、はたまた新婦に連れられて初めて教会のドアをくぐる人も。

 アンジェリークは普段はなかなか話すことのできない彼等とゆっくりお喋りできる週に一度の日曜礼拝の日をいつも楽しみにしていた。

 ・・・でも・・・今日はなんでこんなに嫌な気持ちになっちゃったのかしら・・・・・

 朝一番にやってきた老夫婦は孫娘の結婚の話で何やらもめているらしい。

「どうかなさったのですか?」

 アンジェリークが優しく問い掛けると、老婦人は待ち構えていたかのように、まくし立てた。
自分の孫娘がいかに男にだらしがないか、親に反対された相手と夜逃げ同然で出て行ったこと、その挙句に子供を連れて、しかも一人で出戻ったこと、そしてまた子供ほったらかしで恋をしていると。

「だいたいあの娘は男を見る目がないんですよ、シスター」

 婦人の剣幕に圧倒されていたアンジェリークだが、そこでようやっとご主人が婦人の話をとめるために口を開く。

「こら、そんな話をシスターにするもんじゃないよ。神聖なシスターのお耳に入れるなんて、お前」

 婦人は「あら、そうよね、本当にごめんなさいねシスター」と言うと、若干顔を赤らめて二人は教会を後にした。

 お昼近くになると、今度は幼い頃からの友人達がそれぞれの恋人を連れて楽し気にやってきた。アンジェリークは彼等の顔を見れたことが嬉しく、珍しく自分から声をかけてみる。

「ランディー、お久しぶり、楽しそうね、何のお話?」

 アンジェリークの声に、彼等は一斉に振り返ると、顔を見合わせ、それまで楽しげに話していたお喋りをぴたりとやめた。

 ランディが照れながら「シスターには聞かせられないよっ」と明るく言い、その言葉にまた皆が笑う。

 「あら、そんなことないわよ、教えてよ、ランディ」アンジェリークも無理に明るい声を出すが、「シスターは知らなくてもいいことだよ」と言われて、その話はおしまいになってしまう。
 
 ランディに決して悪意があったわけではない。それは十分わかっている。わかってはいたが、自分の姿を見たと同時に、ぴたりと話をやめてしまう幼馴染に、アンジェリークは疎外感を感じてならなかった。

 その中のただ一人だけが「ま、どうやったら仲良くなれるかって話をしてただけさ」と笑いを噛み殺しながら言った一言が、妙にアンジェリークを淋しい気持ちにさせた。

「そう・・・そうなの」

 アンジェリークが無意識のうちに瞼を伏せた時、一人の女の子が、その顔をマジマジと見つめて呟いた。

「なんかシスター変わったみたい。
今日はヘンに色っぽいよ・・・もしかして彼でもできたとか?」

 アンジェリークは彼女の言葉に驚き、レヴィアスとの夜毎の出来事を思い出して頬を染めた。
 だが、その子の恋人の「そんなわけないだろ。お前とは違うんだよ、シスターは」という言葉ひとつだけで、またすぐに話題は移り変わり、再び一人残される形になったアンジェリークは静かにその輪から離れていった。

 その後も「シスター、神のご加護を」「シスター聞いてください」アンジェリークへの声は終わる気配もない。

 シスター・・・シスター・・・シスター・・・・・・
 彼等は皆「シスター・アンジェリーク」を求めて群がって来る。


 皆が帰り、一人になったアンジェリークは疲れ果て、大きくため息をついた。

「疲れた・・・・・・」

 思わず、気持ちを声に出してしまう。そしてそんな自分を神に懺悔するのだった。

 長い祈り・・・
 懺悔の祈りを捧げるために床についた脚が冷え切ってしまうほどの長い時間、アンジェリークは懺悔し続ける。
 しかし、いくら時間をかけても彼女の心に針で突き刺されたように空いた、小さいが深い穴は一向に埋まらない。

 ・・・・アンジェリーク、あなたは・・・・シスターなのよ、自分で選んだんじゃないの。
 何を迷うことがあるの?
 ・・・・・私は一体何を迷っているの?ああ、主よどうか教えてください!!・・・・・・・・

「おい、」

 肩をつかまれて振り返ると、いつの間にかレヴィアスが背後に立っていた。

 レヴィアスが視線だけで『こっちへこい』と言い、アンジェリークはその瞳にあやつられるままに立ち上がろうとしたが、長時間冷やされた脚は彼女の思いとは裏腹に立ち上がる意思を持たない。
思わずよろけそうになったアンジェリークの身体を抱きしめたレヴィアスは一瞬眉をしかめた。

「お前・・・俺が欲しいのか?」

 アンジェリークは無言のままレヴィアスを見つめ返し、すぐに思い直したように首を横に振る。

「嘘付くなよ。抱かれたいって顔してるぜ」

 そう言われるとアンジェリークは顔を上げるのが恥ずかしくなって睫を伏せる。


 ・・・・・そんな顔してるわけない・・・・私・・・・欲しいだなんて思って・・・・・ない・・・・・


 だが、その視線の先に傷の付いたレヴィアスの手を見つけると、アンジェリークは顔を上げた。

「レヴィアス、その傷・・・どうしたの?」

 レヴィアスは今気付いたかのように、自分の手の先に目をやる。

「ああ、ちょっとな」
「ちょっとじゃないわ、血が出てるじゃないの、手当てしなくちゃっ」
「うるせえな。こんな怪我くらい、たいしたことねーよ」

 救急箱を取りに行こうとするアンジェリークの腕をレヴィアスが掴み、自分のもとへ連れ戻す。

「いいから来いよ」
「あんっ・・・でも、消毒くらいはしなくちゃ・・・」
「じゃあ、お前がやれよ」

 そう言うと、アンジェリークの口元にレヴィアスは傷ついた自身の手を押し当てる。

「こんなの舐めときゃ治るからな。だから・・・・・お前が舐めろ」

 ・・・・お前が舐めろ・・・・ただそれだけの言葉にアンジェリークの芯は熱くなってゆく。

 レヴィアスの言葉に、まるで魔法をかけられたかのようにアンジェリークは小さな舌を突き出し、その血の滲む傷をそっと舐めた。
レヴィアスの手を舐めているだけなのに、アンジェリークの口からは熱い息がこぼれ始め、口の中に広がっていく鉄の味を堪能するかのように、、何度も傷を舐めては血を求め、吸い取る。

 レヴィアスがアンジェリークの髪をかきあげる。

「お前はイイ女だぜ」

 髪に触れていた手で、その身体を自分に抱き寄せると耳元にそっと唇を寄せた。

「お前が手に入るのなら、惜しむものなど何も無い・・・・・・アンジェ・・・・・・・」

 アンジェリークの意識が急に覚醒した。


 アンジェ・・・・アンジェ・・・・・アンジェ・・・・・・・・・・


 レヴィアスが囁いた自分の名前を頭の中で何度も繰り返す・・・初めて覚えた言葉のように。 そして、自分の欲しかったものはこれだとアンジェリークは気付いた。


 ・・・・・・・シスター・アンジェリークではなくただのアンジェと呼ばれたかったと、
 本当はシスターではなく、ただ一人の女として見られたかったと・・・・・・・




 この瞬間、私は既に、レヴィアスを愛しはじめていた・・・・ただの女として。








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