シスター・アンジェリーク 1







 礼拝堂の中を、蝋燭を片手に主へと向かって、まっすぐに歩く足音が響く。


・・・・・シスター・アンジェリーク・・・・


 この礼拝堂は今の彼女のすべて・・・・・彼女は主の前で跪くと、幼い頃からの日課となっている懺悔を捧げた。

「主よ、罪深き人間を・・・・私を、どうかお許しください・・・・」

 教会で生まれ育ち、幼い頃から敬謙なクリスチャンだった彼女がシスターとして本格的に神に仕えるようになったのは、今から半年前。
牧師であり、たった一人の肉親でもあった父親が亡くなり他にこの教会を守ってゆく者が誰もいなくなった時、アンジェリークは自分が父の代わりに教会を守ることを、いたって当然と受け止め、その日から自らに禁欲な生活を強いた。
 学校も卒業し、完全なるシスターとなった今、彼女は一日のほとんどをこの礼拝堂の中で過ごしている。

 時には・・・週に何度かは町へと買出しに出かけるが、それも自分ではなく信者のため。
 ただそれだけの日々。例外のない日々。あたりまえの日々。
繰り返される日常に何の不満もなかったアンジェリークの心に小さな波が立ち始めたのは一ヶ月前のある日のこと・・・・・。


 いつものように買出しに出かけたアンジェリークが街で懐かしい顔を見かける。ばったり出会ったのは旧友のレイチェルだった。

 こんなところでレイチェルに会えるなんて!卒業以来じゃないかしら!

 しかし、アンジェリークが懐かし気に「レイチェル〜」と声をかけても彼女は当初、見知らぬ人間を見るような目でこちらを見つめ、彼女特有の気の強さからか、それでも視線をそらすことなく、まるで睨むようにアンジェリークを見ていた。


 ・・・・無理もないわね・・・・心の中でひとつため息をつく。
 紺のブレザーにタータンチェックの巻きスカートという制服姿の私しか知らないレイチェルが今の身なりを見て私に気付かないのも当然だわ。

「レイチェル、私よ、アンジェリークよ」

 顔を覆うように頭から下がっている黒いケープをそっとめくるとアンジェリークはチロっと、小さな舌を出して、レイチェルに笑いかけた。レイチェルはようやっとアンジェリークに気付くと、顔中に笑いを浮かべ、嬉しそうに駆け寄ってきて、彼女を抱きしめた。

「嘘でしょ?やっだぁ〜!!ホントにシスターになっちゃったわけ?、あんたったら!」

 「信じられないわ〜」「柄じゃないわよ」と口の悪さと強引さは学生時代そのままだった。
 その日も急ぐと言うアンジェリークを、レイチェルは自分がご馳走するからと半ば無理やり、喫茶店に連れ込んだ。

「シスターが愛する友人とお茶を飲んじゃいけないとは法王だって言わないでしょ?」

 そう言って、ウインクする彼女は相変わらず魅力的で、まるでその場に大輪の花が咲いたかのように、ただの喫茶店が輝きを増す。

 いかに今は神に仕える身であるとはいえども、ほんの半年前まではただの女子高生だった、まだ少女のシスターにとって、気のおけない女友達とのお喋りは殊のほか楽しい時間となってしまったことは言うまでもない。
常に教会のこと、信者のことを最優先に考えているアンジェリークも、この一時ばかりは時計を忘れていた。だから、気が付いた時には、もう日も暮れかけて、月がぼんやりと浮かんでいた。
 アンジェリークは空の暗さに少しだけ焦る。

 「帰らなくっちゃ」

 名残惜しそうなレイチェルに謝り「また必ず近いうちにね」と約束をして店を出るとアンジェリークは雑踏の中の人込みを足早にすり抜けてゆく。

 裾を引き摺るように長い、漆黒の修道服を着た美少女は人の目を引き付けていたがアンジェリークに自分が見られているという自覚は無かった。
ポケットにある時計を見ると、とうに夕食の準備をする時間は過ぎていてアンジェリークの足は更に早まる。その気の焦りが、普段ならば通ることのない道を彼女に選ばせた。



「ちょっと怖いけど、丘の上にある公園を抜けていこう。そうすれば、いくらのろまな私だって、少しは早く帰れるわ」








NEXT