シリーズ 絆
Zephel & Luva 守護聖退位〜未来
第一話 ―別れの時―
 偶然って奴は、とんでもねぇ時にもあるもんだと…俺は痛感していた。
 「いつかきっと、ここから解放される」
 そんな夢を見ていた俺。今まさに「それ」がやって来た。
  現実にやって来ると、意外に感動も衝撃もないもんだ。
「おお!俺にもとうとうその時が来たのか!!」くらいなもんで…
 だが、それよりも驚くべき事は、俺と同じ頃にもうひとりお役御免になる奴がいるという事。
「あははは…。すみませんねぇ、同時に退任なんて、なにか真似したみたいでねぇ」
 そうやってへらへら楽しそうに笑いやがって…。
 聖地を出てまでもルヴァと一緒だなんて、ホント冗談じゃねぇ…。
 だが、考えてみれば下界の動きにいつもアンテナ張ってる俺とは違って、「古代の遺物」に近いあの男が、ここを出て一般人の暮らしにすんなりと溶け込む事は皆無に近い。
(仕方ねぇから、暮らしに慣れるまで面倒みてやるか)
 〜なんて気持ちにもなる。
 あいつには俺のそういう気持ちはわかんねぇだろうし、特別言うつもりもないけど、考えてみれば色々と苦労かけた事は認めざるを得ない。
 いつも俺の変わりに陛下やジュリアスに頭下げてたし、何よりも…
(兄貴みたいなもんだしな)
 照れちまうから、絶対に口に出せない言葉だぜ。


「だいたいの引継ぎは終わったみたいですわね。ルヴァの方もほとんど済んでいるみたいだし、あなたの希望通り、最新型のエアバイクの用意はもう終わってますから・・・ね」
「おお、サンキュ。ルヴァの野郎一度も乗った事がねぇみたいだから、門を出てく時はあれでヒィヒィ言わしてやるぜ」
「もう!ゼフェルったら…。お願いよ、下界(した)に行っても絶対ルヴァに面倒などかけないでくださいね。ちゃんと今までの分…労わってあげてくれなくては」
 ロザリアは言葉とは裏腹に寂しそうな顔をしやがった。
「面倒かけんのは、多分あいつの方だぜ。聖地(ここ)じゃ俺は長年問題児だったかも知んねーけど、下界(した)じゃあいつの方が俺にくっついてねーと、家にも帰れないんじゃねーか?けど、あんたの頼みだから、精一杯お守りしてやるぜ、それで安心したか?ん?」
 誇り高い補佐官様の涙を誘うにゃ、それだけで充分だったらしい。口元や顎が震えてる。
「ありがとな、ロザリア。あんた良くやってくれたぜ、今まで」
「ゼフェル…」
 長い付き合いだったが、ロサリアを抱き締めたのは初めてだったかも知れない。俺はもう一度心の中でロザリアに囁いた。
(これからも頑張れよ。陛下の事も頼むぜ)

 旅立つ前日のロザリア恒例の別れの晩餐にも、俺は出席した。
「ゼフェル、王立研究院からスカウトされてるんだって?凄いね。流石だよ」
「ああ、でもまだ決めちゃいないけどな。しばらくは主星で遊んで、世の中チェックしとかないとなんねーし。ルヴァ、おめーもちゃんと俺様がやった最新の情報誌読んでんのか?」
「あ…ええと…そのですね。今のうちに私の館の未読の蔵書を読んでおこうと…」
 ・・・・・・・・これだぜ。
 スローテンポなのは良くわかってるが、こいつ一般人に戻る下準備をする気がまるでないらしいな。先が思いやられる。
 だが…こうしてみんなと楽しそうに喋ってるルヴァを見ると、今夜は怒鳴んないでやろうかと思った。
 今夜のルヴァは結構めかし込んでた。
 ターバンもいつもと違うし、どこで調達したのか洒落たスーツを着込んでる。もっとも今夜は全員正装で、ラフなのは俺くらいだけどな。
 仲間はみんな暖かく見守ってくれてる。今更涙の別れの言葉なんてまっぴらだし、奴らもそれを理解してるんだろう。だが、俺だって…皆に感謝してるんだ。言葉にしなくたって分かり合ってるはずだと思う。
「ゼフェル、今夜はうちに泊まりませんか?」
「はっ?」
「確か後任に館を開け放して、執務棟に泊まっているんでしたね?私はクウェールに最後まで館にいて欲しいといわれてますんで…。彼も喜びますよ」
 後任の地の守護聖クウェールは、ルヴァの故郷の出身だがキビキビとした奴だ。結構嫌いじゃない。俺のジョークも毒舌もうまくかわす。
 そんな訳で今夜は地の館で過ごす事にした。
 ルヴァとクウェールと俺の三人はワインで盛り上がっていた。
 顔にあどけなさの残るクウェ−ルはまだ16歳だからミルクで我慢させたが、時計が十二時を指すと、ソファで眠りこけてしまった。
「ねぇ、ゼフェル覚えていますか?はじめてあなたが聖地に来た日の事。」
「何だよ。年寄りくさい昔話か?」
「あはははは。まさにそれですよ。年寄りくさい…って言われたんですね、確か」
 大酒を飲んでも、最後の締めは緑茶ってところがルヴァらしいが、ニコニコ俺を見つめやがる。
 いつもにも増して…。
 そうだな。初めて会った時は若いんだか、年を取ってるんだかわからなかった。
 前任の守護聖に偉く嫌われてた俺に守護聖教育をしたのはやっぱりルヴァで、仲間内で孤立した時も、たったひとりだけ俺の部屋のドアの前にそっと佇んでたのもルヴァ。
 ロザリアじゃないが、やっぱりコイツの面倒は見てやらないとなんねーな。
 確かに…すげぇ苦労かけたし。
「ゼフェル、良いですか?新しい場所に行って他人に対するバリアを張り巡らすのは、多分あなたの癖みたいなものです。下界(した)に行って、また同じような事をしても、もうあなたは唯一無二の存在ではない。誰もあなたに手を差し伸べてはくれないのですよ。だから、いつも心を開いて相手を受け入れる気持ちを持つんですよ、約束してくださいね」
 おいおい、俺はオメ−の心配してるんだけど…
 まっ、いいか。こいつの事だ。俺に心配かけてるなんて気付いたら、悩みまくるはずだし、今夜は言いなりになってやろう。
「心配すんな。オメーに言われるまでもなく、楽しく気軽に生きてくつもりだし大丈夫だって。オメ−こそ、迷子になんねーように俺の後しっかり着いて来いよな」
 俺がそう言うとルヴァの瞳が少し見開いた。それはすぐに普段の瞳に戻ったが…。
「ええ、ええ…そうですね、そうですとも。私はいつだってあなたを見つめていましょう。約束しますよ」
 何だかその答え方があまりに力なかったので俺は話を転換させた。
「なあ、主星に部屋を借りた後、オメ−の故郷の星に行ってみないか?ほら、前に言ってただろう?砂漠から見えるすごい蜃気楼があるって…」
 また…だ。ルヴァが、また俺をじっと見ている。
「素敵なシーンですよ、あれは…。そうですね、一緒に見に行けたら…いいですねぇ〜」
 なんとなく、腑に落ちない答え方だったが、俺は寝入っているクウェールを担いで、ルヴァはクウェールの靴を持って、お互いの寝るべき寝室へ引き上げた。

 仲間には見送りを断った。俺の為にそうしてくれっていう頼みを快く承諾してくれた。
 ルヴァと2人だけの旅立ちになる。
(最後の夜なんだな…聖地の)
 寂しさもあるが、充実感みたいなものが確かに俺にはあった。
 しかし、退位の今これほど穏やかな気持ちになれるのは、やっぱりルヴァが一緒だって事なんだろう。下界に下りてもしばらくは、あいつと二人三脚なのかも知れないな。

 聖地の門…。
 それは下界側からも聖地側からも素晴らしい優美さだと言われている。
 来る時と出る時の二回だけ通過するところだ。
 俺やオスカーがいつも脱走する場所は、全然別のところだったし、公務で出かける時は陛下の開く次元回廊からだし。
(これが本当の最後なんだ)
 ロザリアの用意してくれた最新エアバイクの準備はOKだ。
 しかし、肝心のルヴァが遅刻していた。
「まったく手間かけさせやがって、あのボケボケ親父。」
 そんな風に言っていたら、向こうからクウェールに手を引っ張られたルヴァがやって来た。
「はぁはぁ…。ゼフェル様…ルヴァ様をお連れしました僕」
「おいおい、お前何やってんだよ!約束の時間に10分も遅れてるぜ。」
 クウェールが複雑な表情をしている。
 ルヴァは…ルヴァは…俺を見ない…!?
「おい、どうしたんだよルヴァ。荷物も持ってねぇーし、第一なんで執務服なんて着てるんだよ?それで下界(した)に下りるつもりか?」
「……は、……ん」
 エアバイクのエンジン音が、ルヴァの声をかき消す。
「とにかく、早く荷物を取りに戻ろうぜ。このバイクはスゲエ大きなBOXがついてて、バック2、3個は楽勝なんだし、クウェールも乗れるから、ちょっと試運転がてら屋敷まで…」
「私はまだ行かないのですよ、ゼフェル。
「えっ?な…に・…?」
 うつむいていたルヴァがようやく顔を上げて、聞き取れる声を出した。
 しかし、その言葉の意味がつかめない。
「私がいつ…あなたと一緒に行くと…言いましたか?」
「ルヴァ様!!」
 となりにいたクウェールが青くなっている。
「僕、いつまでたっても出かけようとしないので、引っ張ってきたんです」
「クウェール、大人同士の話です。口出しはいけませんよ」
 柔らかい口調だが、はっきりとしたクウェールへの制止だった。
「なに…言ってんだよ。もうホテルも予約してあるし・・・決まってた事じゃんか?今更…」
「私にはやり残した事がたくさんあります。クウェールへの引継ぎもまだ若干残っている」
 クウェールは眉をしかめる。
「そんな…!?もう充分だとおっしゃってくださったではありま…」
「お黙りなさい!!」
 あの優しいルヴァには考えられない声が大きく響いた。
 聖地の門の前で、俺たち三人はただ向き合って立ち尽くしていた。
 ルヴァが…来ない!?
 一緒に行かないって…!?
 そんなの…思っても見なかった。
 だって…夕べだって…
 私はいつだってあなたを見つめていましょう。約束しますよ。
 寂しそうな瞳をしていた奴…
 これが…あの瞳の理由だったのか?
「ゼフェル…。あなたも皆も何か誤解をしていましたね。一緒の時期に退位したからといって同じ所に一緒に赴く守護聖など…過去の事例にもいません。それに、あなたと私は違う人生を歩まなければ…まして…」
 ルヴァが俺から顔を背けて、そして――
「もう、あなたのお守り役は卒業いたしましょう。お元気で…ゼフェル」
「ち、ちょっとお待ちください!!ルヴァ様!!!」
 自分の言いたいことだけ言って立ち去って行くルヴァをクウェールが追いかける。
 そして、俺は…。
 小さなバッグひとつを肩に担いだマヌケな俺は・・・
 主星に下りたら、まずルヴァの故郷の星へのシャトルチケットを買おうって思っていた俺は…
 最新のエアカーをそのままにして、放心状態のまま、門をくぐる。
 ばかデカイ門が背後でガタンと閉じる音を聞いた時、俺は初めて自分の頬が濡れている事に気づいたんだ。
(そうか…笑顔の退任…なんて、あるはずないんだな)
 あいつが一緒だと思ってたから…
 見知らぬ世界でも自分は変わらないって勝手に感じてた。
 知らない人間やムカつく奴らに会ったって、帰ればルヴァがいるって…安心してた。
 あいつの面倒を見る…なんてのは口実で、本当は俺があいつを必要としてたんだ。
(ひとりで生きてけ…って、それが言いたかったんだろ? それでも・・・こんなギリギリまで黙ってるなんて、あんまりだぜ…ルヴァ)
 俺はトボトボと聖地の門から歩き出した。
 見知らぬ未来へ…
 ルヴァのいない…明日へ…




シリーズ 絆 第一話 ―別れの時― END
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