夕方6時。 バイトを終えたあかねは、駅前のスーパーへと向かう。 仕事を終えたOLさんや、走り回る子供を叱るお母さん。携帯の画面を見ながらうろうろと野菜売り場を歩いている男の人は、きっと奥さんからの頼まれものを探しているのだろう。 月・水・金に見るいつもの光景。 あかねがそこで頭を悩ませるのも、やはりいつものことだった。
正直言って、料理は得意な方ではない。 『お洒落にブランチ』やら『彼をトリコにする簡単!20のレシピ』やら。そんな切抜きはたくさん集めているけれど、いくら頑張ってみても写真の通りにできたためしなどなかった。 あかねの並べた料理を、頼久はいつも「うまいです」と言って嬉しそうに食べてくれる。 だがそれが、『本当にうまいです』なのか、『あなたの作ったものならどんなものでもうまいです』なのかの見分けくらいはつくようになってきた。 『本当にうまいです』の顔が見れると、すごく幸せな気分になれる。 台所の流しの中にごちゃりと積み上げたままの洗い物だって、ほんの少しやる気が起きる。 けれど頼久のそんな顔が見れるのは、まだまだ稀なことだった。
野菜売り場の一角で、あかねは買いものカゴを手に一人で考え込んでいた。 目の前には山積みの舞茸。そしてゆったりとした間隔をとりながら、優雅な風情で並んでいる外国産の松茸たち。だがあかねの睨んでいる先は松茸でも舞茸でもなく、床に置かれた大きなバスケットの方だった。 籐でできた丸いバスケットの中には、釜めしの素が無造作に積み上げられている。 釜めしなどの混ぜご飯ものは頼久の大好物だ。 炊き込みご飯を作った日には、玄関を開けてただいまの挨拶を聞いた次の瞬間から、嬉しそうな『うまいです』の顔を見ることができる。 にんじんや竹の子を準備して自分で作ることができればいいのだろうが、今のあかねにはそんな技術はありはしない。当然市販の釜めしの素に頼ることになる訳だが、目の前にある398円と書かれたそれは、たまに買う228円のものよりずっと具が大きくて美味しそうだった。 頼久は炊き込みご飯が大好きだし、自分も少し楽ができる。
うん。ちょっと高いけど、今夜はぜいたくバージョンの炊き込みご飯にしよう。
そう決めたあかねは398円と書かれた釜めしの素を一つ取り上げ、手にするカゴの中に収めた。
お肉売り場を通り、乳製品の売り場を通り。必要なものを少しずつカゴの中に入れていくあかねだったが、実はずっと悩んでいた。 この釜めしの素で作れるのは、ご飯たった三合分。 いつもの夕飯ならご飯三合でなんとか満足してもらえるけれど、彼は炊き込みご飯が大好きなのだ。おかずなんてそっちのけで、幸せそうにご飯ばかりをぱくつくのだ。 ましてや今日買おうとしているのは、いつもよりもずっと美味しそうな釜めしの素。果たしてご飯三合で足りるだろうか。
どうしよう…。
「ごめんね。もうご飯ないの」 おかわりを欲しがった頼久にそんな風に謝ったとしても、もちろん文句なんて言われない。けれど彼は、ほんのちょっと残念そうな顔になる。 あかねは頼久のそんな顔を見るのが嫌いだった。 一回のお買いものは千円までと決めているが、身体を使って働いている彼に我慢なんてさせたくない。 料理なんて下手くそで、バイトの時給だってかなり安くて。自分にできることなんて本当に少ししかないけれど、せめてご飯ぐらいは気を遣わせずにお腹いっぱい食べさせてあげたい。 ぴたっと足を止めたあかねは下げているカゴの中を見つめ、そしてわずかの間の後くるりと身体を翻した。
人の流れに逆らいながら乳製品の売り場に戻り、毎朝の楽しみにしている大好物のヨーグルトを元の場所へと並べ置く。 明日のお弁当のためのウィンナーは、ちょっと悩んだけれど一番安いものに取り替えた。 お味噌汁の具をなめこからワカメへと変更し、最後に買おうと思っていたマカロニサラダをやめておかずを一品減らしてから、相変わらず綺麗に並んでいる松茸の前に仁王立つ。 手にするカゴの中身をもう一度確かめ、一人小さく頷いた後で、あかねは松茸の横にある籐のバスケットへと腕を伸ばした。 既にカゴに入れてある分と、同じものをもう一つ。 今夜はきっと、いつもの倍の嬉しい顔が見れるだろう。
スーパーの自動ドアを抜け、小さなレジ袋を手にあかねはアパートへの道を急ぐ。
頼久さんが帰ってくる前に、晩ご飯の支度をしなくっちゃ。
ピンポーンと音がしたら、ドアを開けてキスをもらって。 漂ってくる香ばしいご飯の香りに、嬉しげにほころんでいく彼の笑顔を見るために。
「もしもし。あかね?……まだ帰っていませんか? 現場の近くで、あなたの好きなよおぐるとが安く売っている店を見つけました。 幾つか買い求めましたので、これから帰ります。 ………。 あかね。
愛しています。」
|