「あ、」
仕事から帰り、着替えを済ませ、食卓についた頼久は、そこに並んだ料理を見て思わず小さな声をあげた。
頼久のその声を、表情を、どのように思ったのか、あかねは「去年と同じなんだけど・・・」と、心無しか恥ずかしそうな顔で、そのくせ瞳を輝かせて頼久を見上げていた。
二人の目の前には、ささやかな、けれども普段よりも格段に贅沢な祝いの膳が並んでいた。
---茶碗蒸し、茄子の煮浸し、舞茸のお吸い物、そして、栗ご飯。
あかねは、肉や魚よりも、山のものを好む頼久の好きなものばかりを並べたつもりだった。中でも、栗ご飯は昨年の誕生日に頼久が喜んでくれたことが嬉しくて、ついつい今年も同じものを作ってしまった。
「頼久さん、栗が好きだったよね」
「・・・・」
「あれ?嫌いじゃないよねぇ?確か・・・」
「あ、はい。ええ、大好きです」
あかねに、好きだったよね?と聞かれ、すぐに答えられなかったのは、去年の誕生日を思い出していたから。
栗は確かに、頼久の好物だった。
去年の今頃も、あかねに「好き?」と聞かれ、何も考えずに「はい、好きです」と即答した。そして、その年の自分の誕生日の夕食には、あかねの手作りの栗ご飯が並んだ。
うっすらと、だし昆布の色に染まったご飯の中に、光るような栗。その上に、紅葉を真似て型で抜いた人参、彩りの青みが飾られていた。
その鮮やかな色に、違和感を感じた。
この赤いのは、あかね殿のようだ。
目を引くのは、天真か。詩紋のような柔らかな色もある。
それぞれが、個性を放ち、同時に全てがひとつにとけこんでいる。
そして、その中には、決して自分は入っていない、入れないと思えた。
しかし、「ねえ美味しい?」「ちゃんと炊けてる?」嬉しそうに自分に問いかける、あかねに、そんなことを考えていたことなど言えるはずはない。
「とても美味しいです。あかね殿は私の好物をよくご存知でしたね」
頼久の返事に、満面の笑みを浮かべるあかねに、頼久もまた笑みを返す。
けれども、心の奥で、自分ひとりだけが、つまらない白米のように感じていた。
そして今年。
昨年と、ほとんど変わらぬ栗ご飯が目の前にある。
ほかほかの湯気の間から見える、鮮やかな色。
「じゃあ、冷めちゃうし、いただきましょうか」
「はい」
頼久が茶碗に手を伸ばし、箸をつける。
昨年感じた、あの違和感はもう無かった。
あかねと出会い、過ごし、愛し合う時間の中で、知らず知らずのうちに、自分が味気ない存在ではないことを教えてもらったのだろう。
「美味しいです」
「ほんと?」
「ええ、去年よりも美味い」
しまった。
あかねの表情が一瞬固まったのを見て、頼久は焦る。せっかく作ってくれた人に「去年よりも」という言い方は無かったかもしれない。
心無しか、あかねの目が潤んでいるようにも見えた。
「あ、あかね・・・」
「ごめん。なんか嬉しくて」
あかねもまた、去年の食卓のことが忘れられずにいた。
その時も、美味しいとは言ってくれたものの、どこか上の空な表情を隠しきれない頼久が気がかりで、それは小さな棘のようにずっと心に刺さっていた。
だから今年、また同じ栗ご飯を作ることにしたのは、あかねの小さな賭けでもあった。嫌いだとは思わない。嘘をついているとも思わない。けれど、何かがある、自分にはわからない何かが。
だが、今、目の前で「美味い」と言ってくれた頼久の顔は、去年とは明らかに違った。喜んでもらえたんだ、と信じられた。
あかねはやっと棘を飲み込むことができたのかもしれない。
「ねえ、頼久さん」
「はい?」
「自分で言うのもなんだけど、結構美味しいね」
「ええ、美味しいです、とても」
それぞれの味を引き出し、それが混ざり合ったご飯。
自分の好物を炊き込んでくれた、栗ご飯。
二人で、お腹いっぱいになるまで食べると、電子ジャーの中身は、綺麗になくなった。
意地汚いとは知りつつも、栗ご飯がもう無いことを残念に思う頼久に、あかねが、えへへ、と笑いながら自分の茶碗の中身を頼久に見せた。
そこには、とっておきの宝物のように、栗が一個、コロンと座っている。
「ほら、一個」
「あ」
「はんぶんこね」
「はい」
柔らかな栗を、箸で割る。
半分を自分の口に、もう半分を箸で摘むと、チュと口付けしてから頼久の口へと手を伸ばした。
口の中で、二つの味が混ざりあい、愛しい味となり、やがて頼久の中へ。
あの時、感じた違和感も、小さな棘も、決して消えることはないけれど、季節の中で生まれ変わってゆく。二人とも、誰も、気がつかなくても。
そう、あかね殿、から、あかね、と呼び名が変わったことすら、気づかぬうちに、全ては変わり、混ざり合い、溶けてゆく。
再び生まれ変わるために。愛しい人のもとに生まれるために。
毎年、繰り返される。
二人だけの、静かな静かな、宴。 |