願い事
Re Birthday

思いの全てを言葉にして伝えよう


そんなあたりまえのことに


いつも、戸惑う。




「花も飾ったし、よしっ、これでオッケー」

 あかねは目の前のテーブルを眺めて満足そうな微笑を浮かべる。
 ここ一年で格段に仕事が忙しくなった頼久は、普段、外食ばかりだし、二人でいる時も「あかね殿にさせるわけには」と、何でも自分でやってしまう彼だから、今日くらいは手作りの料理を食べてもらおうと、あかねは張り切っていた。


 メインは・・・やっぱり魚がいいよね。あとは里芋の美味しい季節だから、これを煮物にしてみよう。付け合せはやはり秋らしく香りのよいしめじと、人参をもみじの葉の形に切ったものに薄く味をつけてざっと煮てみる。彩りに青味を散らすのも忘れないように。
料理だけでなく、今日はケーキも焼いてみた。頼久さんはあまり甘いものが好きではないけど…


 今日は特別だから。
 頼久さんの生まれた日を一緒に迎えたいから。
 十二時になったらすぐに、おめでとうって言いたいから。


 その全てを綺麗に並び終えれば、あとは頼久の帰りを待つだけだ。

 
 すぐに帰ってくるだろうと思ったあかねは、最初、テーブルから離れようとしなかった。が、待てど暮らせど気配すら見せない頼久に、あかねは次第に不安になってくる。時計を見ればとっくに夕食の時間は過ぎて、下手すれば日付が変わってしまうのではないかと思われた。

 待ちきれなくてベランダから外を眺めていると、通りの向こうから背の高い男が歩いてくるのが見えた。
「あっ」
 頼久だとすぐにわかった。だんだんと近づいて大きくなってゆくその姿に思わず手を振ろうとしたあかねはハッとした顔になり、その手を止めた。そして自分の計画を思い出すと、急にベランダにしゃがみ込んだ。
 一瞬、頼久がこちらを見たような気がしたが、それは気のせいだったようで、そっと目だけで外を覗くと頼久は既に通りを渡ってマンションのすぐ前まで来ていた。
ホッと胸を撫で下ろしたあかねは、今度はベランダから部屋の中へ入る。それから玄関のドアの前へと急いだ。

 そう、これは全部、頼久には内緒のこと。
 内緒で部屋に入り、料理を作り、そして・・・・・・驚かす計画。




 頼久が玄関のドアに鍵を差し込み開けようとしたまさにその時、ガチャリという音をたてて内側からドアが開いた。部屋から甘い匂いと共にあかねが可愛い笑顔を見せる。そして、
「おかえりなさ〜い」
少し恥ずかしそうな声が頼久の耳に飛び込んできた。

 いつもならば、その笑顔を見ただけでこの上ない幸せに自分の顔まで綻んでしまう頼久だったが、今夜はひどく驚いた顔しかできずに、しばらく呆然としてあかねを見つめてしまう。そして自分を迎えてくれた恋人に「ただいま」でもなく、まして愛の言葉を囁くわけでもなく、頼久が言えたのは
「ここで何をしているのですか」
 ただ一言だった。

 あかねの顔が途端に曇ってゆく。

「何してるって、だって・・・頼久さんの誕生日だから」
「誕生日は明日です」
「でも・・・・・・」

 どうして喜んでくれないの?どうしてそんな怖い顔するの?
 ねえ、どうして、頼久さん?

 あかねのそんな戸惑いには構いもせず、苛立ったように足早に部屋の中へと歩きながら頼久は矢継ぎ早にあかねに質問をあびせた。

「制服を着ていますが」
「あ、うん・・・・・・今日は学校からそのままで来たから」
「予備校は行かれたのですか?」
「・・・休んだ」

 頼久がため息をつくのがわかり、あかねは自分が取り返しのつかない失敗をしてしまったようで顔を上げることができなかった。

「・・・・・・怒ってる?」

 おそるおそる尋ねるあかねの言葉を無視して頼久は続ける。

「ここに居ることは、ご両親はご存知なのですか?」

 頼久は怒っていたわけではない。
 ただ単純に驚いた。それから、あかねの両親の気持ちを思ったら妙に苛立った。こんな遅い時間に娘の姿が見えなかったらどんなにか心配することだろうか。
 自分だったら・・・
 そう、頼久は自分が同じ状況に立たされたら何も手につかないほどうろたえてしまうことが容易に想像できる。だからこそ、そのことにこだわった。

「ご存知なのですか?あかね殿」

 だが、あかねは答えない。答えることができない。

「あかね殿、答えてください」

 それでもあかねが下を向いたまま黙っていると、頼久は

「そうですか」

 ご存知ないのですね、と言いながら既にその手には受話器を握っていた。

 あかねの目の前で、あかねが想像もしなかった光景がどんどん進んでゆく。
自分の両親に電話をかけ、受話器ごしに頭を下げて謝る頼久を見ながら、あかねは気が抜けたようにソファーに腰掛けた。



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「どうしてこんなことをなさったのですか?」

 気がつけば、頼久はとうに電話を終えて、あかねの目の高さに合わせるように床に膝を立てて、下を向いたままのあかねの顔を覗き込んでいた。
あかねが思い切って顔を上げると、目の前の頼久の顔は真剣な表情ではあったが、それは決して彼女を責めるものではなかった。
 その顔を見た途端に、あかねの鼻の奥がつんとした。

「・・・だって今日は・・・・・・」
「あかね殿?」
「頼久さんの誕生日だから、お祝い・・・したかったから」

 泣きそうになりながら途切れ途切れに言葉を紡ぐあかねの肩に頼久は手をかけ、「ですがそれは、明日の約束ではなかったのですか?」と、ゆっくりと子供に言い聞かすように微笑んだ。

「でも・・・・・・」
「でも?」

 あかねは迷う。
 全部言ってしまおうか。
 言いかけて口を開いては、また閉じる。

 玄関で私を見た時の頼久さんは確かに怒ってた。
 私、一人で勝手に盛り上がってた・・・こんなんじゃ嫌われちゃうかもしれない・・・ううん、もうとっくに呆れられてるよ。でも、だけど、今日は特別だから、頼久さんに一番におめでとうって言いたかったから

 だから、どうしても・・・

「頼久さんと一緒にいたかったのっ」

 急に大きな声を出したあかねに頼久は「えっ」と言ったきり言葉を返せなかった。

「今日は特別な日だから一緒にいたかったの。最近忙しそうで、あんまり会えなくて、電話なんかじゃ遠くて・・・・・・ほんとは、いつもいつも一緒にいたいって思う。そんなことできないって知ってるけど、でも、でもっ、今日はっ」

「あかね殿」

 頼久が思わずあかねの名を呼ぶが、それを遮るようにあかねは続けた。

「勝手にこんなことしちゃいけないって知ってた。迷惑かもしれないってすごく怖かった。明日になれば会えるってことも全部わかってた。だけど、日付が変わった時に一緒にいたかったの。誰よりも先に、一番におめでとうって言いたかったの。頼久さんがこの世界に慣れて、友達もたくさんできて、それはすごく嬉しかったけど、だけどなんだかすごく遠く感じて・・・本当はもっと喜ばなくちゃいけないのに、なのに私っ」
「あかね殿っ」

 あかねは突然、頼久の腕に包まれた。強くて温かい、そして何より優しい腕の中で、あかねのこらえていた涙が溢れ出した。

「私、本当は・・・・・・寂しかったんだ」



*************************************



 そんな思いをさせてしまっていたのか・・・


 頼久は自分の腕の中で泣きじゃくる小さな背中を何度も何度も優しく撫でた。
 少し落ち着いた様子のあかねの髪に顔を埋めると、またすぐにその顔を天に向け、瞳を閉じて何やら決心したかのように唇をきつく結んだ。

「あかね殿、私の話を聞いていただけますか?」

 静かだけれど有無を言わせない決意を感じさせる頼久の声に、あかねの体がびくっと動く。腰を引こうとするその体を頼久は離さずにしっかりと抱きしめた。

「あかね殿・・・先ほどは本当に驚きました」
「・・・・・・ごめんなさい」

 あかねの小さな謝罪の声に、頼久はかすかに笑みを漏らすと誰にするでもなく首を左右に振った。

「いいえ、あなたを怒るつもりなどありません。私の話は・・・これからお話することは、最初から明日あなたと会えた時に話そうと思っていたことです」

 言いながら、頼久は上着のポケットに軽く触れた。

「あかね殿、聞いていただけますか?」

 明日の自分の誕生日、あかねと会って話そうと思っていたことがある・・・それは事実だった。それが、あかねと会う日がたまたま今日になってしまっただけのことだ。
けれど、それだけのことなのに、さっきあかねの顔を見た途端、正直・・・焦ってしまった。
 明日までにはまだ時間があると思っていた。いつまでたってもまとまらない考えを今夜こそじっくりと考えるつもりだった・・・まさかあかねが部屋にいるとは夢にも思わずに。

 だが事実、あかねはこの部屋にいる。自分の目の前にいる。そして自分の思いを言葉にして伝えてくれた・・・・・・寂しかったと。


 自分は上手く伝えることができるだろうか。自信などない。
 それでも、どうしても伝えたいことがある。


「あかね殿、どうかもう顔を上げてください」

 あかねが戸惑いながらも、そっと頼久を見上げると、そこには自分を包み込むような微笑が待っていた。

「頼久さん、本当に怒ってないの?」
「ええ、怒ってなどおりません。ですがあかね殿、もうご両親に心配をかけてはなりませんよ」

 頼久の微笑みに、言葉に、あかねの顔がぱぁーっと輝く。

「うんっ」

 頼久の腕の中で、恥ずかしそうに、それでもしっかりとあかねが頷いた瞬間、時計の針が12時を回った。


 あっ・・・・・・


「私の誕生日ですね」

 おめでとうと、あかねが言うよりも先に頼久が口を開く。
そして、あかねを抱きしめていた腕をゆっくりと解くと、頼久はあかねの隣に座った。

「先日、あかね殿は私に誕生日に欲しいものは何かと訊かれましたね」


 誕生日・・・誕生日か・・・・・・
 あの日、あかねに問われてから頼久は頭の中でずっと同じ言葉ばかり繰り返していた。あかねに欲しいものはと訊かれてからずっと考えあぐねていた。

 正直、欲しいものなどない。まして、生まれた日を祝うなんて。
 だいたい、この世界に来るまで誕生日が祝ってもらうものだなどと考えたことがあっただろうか。いいや、あるはずなどない。
 武士にとって生まれた日とは、主へと命を奉げる日なのだから。
だが、神子殿・・・あなたは奉げたこの命に新しい命を吹き込んで再び私へと贈ってくれた。それ以来、あなたと過ごす時間が増えてゆくたびに私は新しく生まれ変わる。
 だから初めてあなたを愛した時に誓ったように、これからもずっとあなたの傍で、あなたを、あなただけを守りたいのです。
 
 そう、欲しいものなど何ひとつない。あなたを一生守れるなら、あなたの隣で生きていけるのなら欲しいものなど何ひとつない。
 ずっとそう思っていた。
 だが、本当の私を今日のあなたが教えてくれた。私は・・・何もないという心の奥に欲しいものをいつでも隠していたのだ。いつもいつでも欲していたのだ。

「あかね殿、誕生日に欲しいものが決まりました」
「え、ほんと?何なに?」


 ずっと願っていたこと。心の奥で求めていたこと。
 言わなくても伝わると、そう思っていたこと。
 でも、今夜のあなたは、あなたの全てを私に見せてくれた。
 だから、私も思いの全てを伝えよう・・・・・・自分の言葉で。


「あかね殿、どうか私に約束をください」
「約束?」

 あかねが怪訝そうな顔をする。その顔を見て、頼久はおかしそうに笑うとポケットから小さな包みを取り出した。

「ええ、これをあなたに貰っていただきたいのです」

 女の子だったらすぐにわかってしまうその包みに、あかねは震える指でそっと触れた。

「これ、開けてもいいの?」
「ええ、もちろんです」

 青とも水色ともいえない深く澄んだ空色の箱に真っ白なリボンがかかっている。
そのリボンの端をそっと引くと、なめらかな布はするすると箱を滑り落ちて、その周囲に小さな花を一つ咲かせた。
 あかねは箱の蓋をとり、更に中にある一回り小さなケースを取り出した。

「頼久さん・・・これって」

 頼久はあかねの掌に乗ったクリーム色のケースを開くと、中から小さなリングを掴み、あかねの指にそっと嵌めた。

「あかね殿、あなたを守るのはこの私だけだと、どうか、そう約束をしてくれませんか、その約束を私にくださいませんか」

 指で輝く石を見つめていたあかねが、心底驚いたような表情で頼久を見る。

 あかねだけを守りたいと、自分が守ってゆきたいと、頼久はずっとそう思っていた。そう誓っていた。それだけでいいと思っていたはずだった。けれど自分の心の奥には、あかねからも求められたい、自分を欲していてほしい、そんな欲があることを知ってしまった。
 それを告げた今、あかねが何と答えてくれるのか、自分を見つめているあかねの返事を頼久もまた息を詰めるようにして、じっと待っていた。
 黙ったままのあかねの口が不意に開く。頼久は思わずゴクリと唾を飲み込んだ。

「あ、あの・・・えっと、これ・・・っていうか頼久さん、私でいいの?」
「・・・・・・え?」

 あかねの返事に頼久はあっけにとられ、「え?」などと間の抜けた声を出してしまった。けれどあかねに疑うなどという気持ちは欠片もなく、全くの本心からの疑問なのであろう。そう思った途端、あまりの愛しさに、頼久は目の前の恋人の体を再び抱きしめていた。



 ああ、本当にあなたという人は
 あなたにいて欲しいのに
 あなたさえいれば、それでいいのに・・・それだけで

 ・・・この思いが伝えられたらどんなにいいことかと思う。
指輪だけではなく、あかねにあげられるものならば、その全てをあげたかった。この体も、思いも、全てあかねのものなのだと感じたい。もどかしいほどの思いを言葉にできなくて、上手く伝えられなくて。
 

 ・・・・・・いつでも戸惑って・・・・・・


 それでも、全てをあげたくて仕方ない。



「あかね殿」
「は、はいっ」

 頼久の真剣な声に、あかねもまた真剣に返事をした。

「私の願い事は、あかね殿、いつでもあなたなのです」

 その言葉にあかねは頼久へと強くしがみつく。
 この思いが伝えられたらいいのに・・・あかねもまた、そう思う。


 できることの全てを頼久にしたい
 自分を、その全部をあげたいと思う
 誕生日でなくても、いつでも、全てを

 この思いを言葉にできたらいいのに。それなのに・・・いつも、戸惑う。
 それでも、あなたに伝えたくて・・・

「頼久さん、お誕生日・・・・・・おめでとう」

 頼久の腕の中で照れたように身じろぎをしながら、あかねはようやっと頼久に告げた。おめでとう、と。



「ねえ、頼久さん?」

 あかねが悪戯な顔で頼久を見上げ「ね、お腹空かない?」そう訊くと、まるで示し合わせたかのように頼久のお腹がキュルルと鳴った。

「遅くなっちゃったけどご飯にしようか」
「ええ」

 抱き合い、見つめあい、二人は笑いあった。



*************************************



「ねえ頼久さん」
「はい?」

 食卓を前にして、あかねがおもむろに話しかける。

「あのさ、さっきのってあれプロポーズだよね?ねえ?結婚しようってことだよね?ね?」

 まるで勝ち誇ったようにはっきりとした言葉を口に出すあかねとは裏腹に、頼久は耳まで真っ赤にして、小さな声でたった一言「はい」と言うと、あかねの目も見ることもできずに箸を持ったまま俯いてしまう。

 その姿に嬉しそうにエクボを作ったあかねが、自らが作った里芋の煮物に箸を伸ばした。が、それはつるつると滑ってどうにも上手く箸で掴むことができない。
思い余って箸の先を里芋に突き刺すと、確かな手ごたえのあと、里芋はガリっという音を立てて・・・・・・真っ二つに割れた。

 え・・・これって・・・火が通ってないってこと?

 目の前の光景に今度はあかねが頬を赤らめた。

「あの・・・私・・・練習するから。お料理もっと上手になるから」

 そう言って、先ほどの頼久同様に俯いてしまったあかねの前には「料理の練習とは自分のために?そうなのですね、あかね殿!」と、あかね以上に頬を赤くしつつも目を輝かす頼久がいたのだが、幸か不幸か自分の失敗を気にするあまり、そんな頼久の嬉しそうな様子には何ひとつ気が付いていないあかねであった。




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 思いの全てを言葉にして伝えたい。
 そんなあたりまえのことに、いつでも戸惑う。



 上手く言葉にできなくて・・・
 それでも伝えたいと願う。それでも伝わることもちゃんとある。



 あなたがこの世に生まれたことを祝う花の香りと、バニラの香り。
 そして、甘い甘い二人の空気が部屋の中を満たしていた。

 甘い時間に満たされていた。





- END -


(2002年秋発行コピー本「A DAY IN THE LIFE」より)
2004,01,27修正済み




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やるときはやる頼久・・・あー萌えない;