| 卒業 Cherry Blossom ![]() |
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「おい、あかね、荷物はこれで全部なんだな」 車のトランクを閉めようとしながら天真くんが叫んだ。 「うん、これで全部だよー。大きなものは先週のうちに頼久さんが運んでくれちゃったからね」 私も負けないくらいの声で返す。 「はいはい、頼久さんね。それは失礼しました」 最後に聞こえた天真くんの・・・なんだか少し飽きれたような声にはもちろんジロリと睨み返すだけ。 今日、私は新しいマンションに引っ越してきた。 頼久さんとの生活を始めるために。 もうずっと前からこうするってことは決めていたけど、きちんとけじめを付けたいという頼久さんは、私が高校を卒業するまで一緒に暮らすことを決して許してはくれなかった。 でも、私はといえば・・・一日でも早く一緒に暮らしたくて。だから卒業式の前の週の日曜日に大きな荷物は全て新しい部屋に運び込んでしまった。 後に残ったのは、少しの衣類と、日用品。それから昨夜まで書いていた日記帳。 そして昨日、晴れて高校を卒業した私は「そんなに急がなくても・・・それにご両親もお寂しいのでは」などと、この期に及んでまだためらう頼久さんを無視して、天真くんに手伝ってもらうと、さっさとこの部屋に引っ越してきた。それも今日のこの荷物で最後になる。 「あー、なんだかんだ言ってもよ、荷物って結構あるもんだな」 「うん、意外とねっ。私もビックリだよ」 私の言葉に天真くんの表情が険しくなる。あれ?何か変なこと言ったかな? 「ビックリってお前なぁ・・・荷物ったって、お前が持ったのはその汚いノート一冊だけだろ?」 「え、あ・・・うん、まあね、まあ、そうかもしれない」 「わかってんならお茶くらい出したって罰はあたらないと思うぜ。そういや小腹も減ったよーな・・・」 「あーもう。わかったからちょっと待ってて」 確かに天真くんの言うことももっともかも。ん、仕方ない。お菓子もつけてあげるとするか。 「お待たせ〜・・・・・・って、天真くん、ちょっと何見てんのよ!」 「あ?ああ、これのことか。この汚ねえノート、日記だったんだな。悪りぃ」 ニヤリと笑うその顔は絶対に悪いだなんて思ってない。 全部読んだのだろうか?いや、全部は無理だろう、何しろ三年間仕様の日記帳なんだもん。けど・・・全部じゃなきゃいいってもんでもない。だって日記だよ、一日分だって恥ずかし過ぎる。 もう、いっつもこうなんだから!文句のひとつも言ってやらなくっちゃ! そう思ったはずなのに、私は天真くんの顔を見たら何も言えなくなった。困ったような、なんだか気を遣っているような、とにかく、これまでに見たこともないような表情で天真くんは、じっと黙ったままでどこか遠くを見ていた。 いつもなら特別に気にならない沈黙を今日はやけに意識してしまう。そうなるともう、何て話しかけたらいいのかわからなくて、下手な役者のように、私はお茶ばかり飲んでいた。 一方の天真くんはと言えば、さほど意識していなかったのか、何を見ているのか顔を外に向けたままで不意に話しかけてきた。 「早いよな」 え?・・・・・・一瞬、何のことかわからなかった。 「俺達だよ。早いもんだよな、卒業しちまったんだぜ、俺たち」 ああ、そうか。そうだよね、もう卒業しちゃったんだよね。 「うん、早かったね」 そう答えてから、ふと天真くんはさっきから一体何を見ているのだろうと思い、彼の視線の先を追ってみた。そこには、隣の家の庭に生えている桜の木が、ベランダ越しに見えていた。長い枝を伸ばし、綺麗な桃色の花びらが風に舞っていて、私も一瞬見とれてしまった。 桜か・・・・・・ 「だけどよ」 突然の声に振り向くと、そこには真剣な顔の天真くんがいた。 「お前らがここまで本気だったとはな」 頼久さんと私のことを言っているのだろう。 「うん」 「今のお前らを見たら、みんな何て言うんだろうな」 みんなという言葉が、京で出会った八葉たちのことを指しているのだと、全て言わなくてもわかってしまう。 「ふふっ、そうだねぇー驚くだろうね」 「だろう?藤姫なんかよ、『まあ〜神子様〜』なんて言って泣きついてくるぜ絶対」 天真くんが、一体どこからそんな声が出るのか、妙に可愛らしい声で藤姫の真似をしたので、私はおかしくて思わず吹き出してしまった。 「もうっ、やだ〜」 「っ、何してやがんだよ。きったねぇやろうだなあ、相変わらず」 「うるさいなあ、そっちが笑わすのが悪いんでしょ」 「お前が勝手に一人でウケまくってるだけだろ」 そう言いながらも天真くんの目は笑っていて、顔を見合すと、結局は二人して吹き出していた。 それからしばらく二人とも何も言わなかった。 桜の花びらが空に舞うのを、ただ黙って窓から見ていた。 本当に早かった。全力で走り抜けた三年間だった。 京での出来事は、もう遠い過去の話になってしまっている。頼久さんと過ごす時でさえ、思い出すことも少ない。それなのに、こうして桜の季節になると、まるで昨日のことのように鮮やかに蘇る。 でも、本当にみんな何て言うだろう? 誰が思っただろう、私と頼久さんが結婚するなんて・・・それでもきっと、きっと喜んでくれる。みんな、きっと。 「ねえ、ほんとに何て言うと思う?みんな」 急にあの頃の話がしたくなって天真くんに声をかけた。 「そうだなあ、あいつらのことだからな」 当時の失敗や、知らないことばかりで戸惑ったこと、それからみんなが言いそうなセリフを二人でクイズのように出し合った。 『へえ、あの頼久がね。それは是非ともこの目で見てみたいものだね』 『神子、お前がか』 『おいおい、お前らそういう仲だったのかよぉ』 『神子殿、心よりお祝い申し上げます』 『あなたがたなら、きっと大丈夫ですよ』 ・・・私たちが考えたのは、だいたいこんな感じ。 いかにも言いそうなセリフばかりだと、互いに自分の記憶力の良さを自慢しあった。 「ねえ、天真くん」 「あ?何だ?」 「天真くんはさ、何て言ってくれるの?」 一番の友達だから、同じ時間を過ごしてきたから、やっぱり言って欲しかった。 天真くんからの言葉を貰いたかった。 「何か一言くらい言ってよ。ほら早く!」 これは私の精一杯の照れ隠し。仲がいいぶん、距離が近いぶん、マジメな話には誰よりも照れてしまう。天真くんだって同じだと思う・・・多分。 「んー。あー・・・・・・そうだな」 「うん、うん、何なに?」 「おい、そんなに期待すんなって」 「えーでもさ、やっぱりね、ほら、聞きたいじゃない」 「そんなもんかよ?」 「そんなもんです」 「・・・・・・」 「もしかして何もないわけ?信じらんない!」 すぐに天真くんからもふざけた返事が返ってくるかと思ったが、彼は黙り込んだままだった。言い過ぎてしまったかもしれないと、「ごめん」と言いかけた時・・・ 「頑張ったな」 そっぽを向いたままで、そう一言、天真くんは言った。今度は私が黙り込む番だった。 「何、黙りこくってんだよ」 「・・・だって」 「いや、マジでお前はよく頑張ったと思うぜ。あんな堅物を、ただ好きっつーだけでここまで連れてきて、おまけに結婚までしちまうんだもんな」 言い方は悪いけど認めてくれているのだとわかる。ずっと一緒にいたから天真くんのことなら何でもわかる。 だから私は何も言わなかった。一言でも喋れば泣いてしまいそうだったから。今、こうして精一杯の言葉をくれている天真くんに泣き顔を見せたくなかったから。 「俺にはできないって思うよ。結構キツイぜ、実際。そうじゃなかったか?だからさ、まあ、あいつもスゲーと思うけど、そんなあいつを連れてきたお前は、ほら、あれだ、あいつの分までってとこあっただろ?だからさお前はよくやったよ。頑張ったじゃねえか」 頭をぽんぽんと叩かれた。 まいったな、もう。天真くんに隠し事なんてできやしないんだな。 ***************************************** 「なあ、あかね」 「ん?」 無理やり笑顔を作って振り向いた。無理にでも笑えば、そのうち天真くんが本物の笑顔にしてくれるだろう。 「悪いとは思ったんだけどよ、さっき見ちまったんだよ、その・・・日記帳」 ああ、やっぱり見たんだ・・・・・・ 「で、どこまで?」 「あ?」 「だから、どこまで読んだのかって聞いてるのよっ」 「なんだよ、そんな怖い顔すんなって。ほんの少しだよ」 「やっぱり読んでたんじゃない」 「でさ」 「何よ」 「だから怒るなって。それより俺、気になったんだよな」 「え、何かそんな変なこと書いてあった?」 「違うって、そうじゃなくてさ、抜けてるとこあるだろ、あれって」 「ああ・・・・・・」 私の日記帳には、ぽっかりと穴があいているページがある。 ちょうど三ヶ月、あの時の三ヶ月。 「うん、いいの。あれは・・・書かなくても忘れないから」 そうだ、忘れられるわけない。 「いや、だからさ、そうじゃねえんだよ。ああもうっ、自分で見てみろよっ」 「え?」 手渡された自分の日記帳を開く。三年前の春。空白のページ。 そこに私が見たのは、大きな桜の花びら。 この世界にはないはずの、大きくて色の薄い桜の花びらだった。 「これって・・・・・・」 「ああ」 互いに顔を見合わせた。 多分、同じことを考えているのだろう。 誰かに名前を呼ばれたような気がして思わず振り返る。 けれど、そこには真っ青な空が果てしなく広がっていただけで、宙を舞う桜の花びらのほかには、何も見えなかった。 私たちは再び顔を見合わせ、そしてまた黙り込んだ。 |
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END (2002年秋発行コピー本「A DAY IN THE LIFE」より) 2004,01,27修正済み |
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頼久、自分の誕生日本なのに出番なし(でも思い出されもしない詩紋よりはまし?) |