手が届かないからこそ、星は美しい・・・

そんなありふれた戯言など、今宵、すべからく否定しよう。



 蜜夜の始まりは、いつも軽い口付けから。


 頼久の両腕はあかねの背を包むようにその真中で交差し掌で肩を掴む。無骨な指先は、少し丸い肩を滑り、あかねが身じろぎする度に、あかねよりも早くに動き出す背に浮き出た肩甲骨の窪みの部分を幾度も幾度も撫でる。


「あ、あかね殿・・・」

「ん・・・」


 はじめはゆっくりと、こちらを伺うように、そして、次第に強く、そう、抗うことなど許されないほどの強い響きで名を呼ばれる。


「あかね・・・」

「っはぁぁっ・・・っ・・頼久さん・・」

「あかね、さあ、もっとこちらへ」


 あかね、と呼び捨てにした声とともに、頼久は自身の胸へとあかねを抱き寄せた。
 背に回していた手を頭のうしろへと、背筋にそってゆっくり撫で上げてゆく。そのまま豊かな髪に手を挿し入れ、指の隙間に挟み込むようにして、少しばかりきつく掴むとあかねの顔を自分へと向けさせる。
 そして、何ごとか言いたげな、幾分開いたあかねの唇が音を紡ぐより先に自分の乾いた唇を重ねた。

「あかね、もっと寄りかかっていいんですよ」

「ん・・・うん・・・・」

 角度を変えながらも、決して唇を離すことのないまま頼久はあかねを横たわらせて、自身も覆いかぶさるように体を重ねると、片手で髪を解いた。するりと解かれた黒髪がカーテンのよう広がって二人を隠した。








 朝から降り続ける雨の音だけが聞こえていた静かな部屋に、衣擦れと吐息が流れ始める。

 温かな頼久の舌は、あかねのなだらかな首筋をなぞっている。体の奥で波紋が広がってゆくような、そのくすぐったくも、もどかしい感覚にあかねの喉が鳴った。

「い、や……ッ」

 不意に口をついて出たのは、頼久を拒絶する言葉。
 だが、それが本心からのものではないからなのか、あかねの抗いの言葉は震え、無意識のうちに頼久の頭を押しのけようとしても、手に、力が入らない。その手は逆に頼久によって動きを封じ込められてしまう。

「あかね、恥ずかしがらないで」

 頼久の優しげな言葉に、あかねは自分が悪戯を咎められたように感じて、目をぎゅっとつぶる。そして消え入るような声で「いや・・・」ともう一度言うと、頼久の顔はあかねの首元からあっさりと離れていった。

「あ・・・」

 思わずもれたのは、名残惜しげな声。
 あかねは自分のその声に恥じ入り、目を伏せた。
 その様子をじっと見つめた後、頼久は無言のまま再び顔を寄せると今度はあかねの耳朶へと舌を這わせた。

「や……っ」

 ぞく、と背筋に走った快感にあかねは眉をひそめ、体をよじる。
 頼久にこうされることで、いつも、恥ずかしいほどに、感じてしまう。それを知っていて、頼久は楽しそうに舌でくすぐり、あかねを溶かしてゆく。もう「やめて」と言うことすらもどかしいほどに、あかねの体はただ呼吸をするためだけに左右へと動き、いつしか頼久に腰を掴まれながら腹這いになっていた。

 目の前に投げ出された、あかねの白い背中。
 すんなりとした背中の右上、ちょうど肩甲骨の内側の窪みに小さなホクロが一つ。そしてそのホクロに連なるようにスッと伸びる一本の筋が目に入る。小さいが忌わしい傷。

 ・・・神子殿・・・

 頼久はその傷を一瞥してから、あかねを後ろから抱きしめ、見え隠れするうなじにそっと唇を当てた。
あとがつかないくらい柔らかく吸われて、あかねが身をよじる。その様子を確かめながら頼久はうなじから背中の傷へと舌を下ろしていった。

「ん…、ん……っ」

 その傷はとうに治っていた。
 ただ、まだ新しい皮膚が周囲の肌に馴染みきらずに薄っすらと桃色をした一筋の境界線を白い背中に描いていた。
 頼久がその一筋へとゆっくり舌を這わせてゆく。慈しむように優しく唇を寄せ、だが愛しさゆえに時に強引に、あかねが嫌がるような卑猥な音を立てて色の境目を吸いたてる。


 いつかの闘いで自分を守るために作られた傷。
 自分のためだけに作られたこの傷跡がたまらなく愛しい。


「ぃ、いや……っ、いや、ぁ」

「あかね、ここは、いや・・・ですか?」

 突然に背中から顔をはなし、耳元で「いやですか」などと冷静な声で訊かれ、あかねは更に羞恥に頬を染めた。瞬時に変化するあかねの表情は、頼久を僅かに微笑ませ、同時に頼久の胸のうちに、もっと違う顔を見たいという欲望を目覚めさせてゆく。

「こうされることが、いや、なのですか?」

頼久は背中の傷に舌を這わせたまま、あかねの乳房を後ろから掬い、大きな掌で包むと、その先端を爪先で軽くはじき、指の腹で押すように軽く摘み上げる。

「っ・・・あっ・・・やぁっ・・・」

 その瞬間に反り返ったあかねの背中。
 
「あぁっ」

「ここが、よいのではないのですか?」

「んっっ・・・ちっ、違う。違います」

「そう、ですか。では、こちらは?」

 頼久は腕の力だけであかねの体を抱き起こした。あかねの背中を自分の腹に密着させるように膝で立たせると、片腕であかね腹部を引き寄せてその体を拘束する。
自由になった指先をあかねの両の太股に宛がい、そのまま左右に大きく開かせると、自分を待ちかねたように潤っている中心へと指を一本埋めた。

「っ、あっっ、駄目っ・・・・」

 あかねの体がむずがるように揺れる。だがそんな様子などお構いなしに頼久はあかねの奥まった場所へと指を抜き挿しし、指の腹が粘膜を擦りあげるたびに、ちゅぷっ、と可愛い音を上げた。

「あっ、あっ、・・・・」

「これでもまだ、駄目・・ですか?」

 頼久はすっと指を引き抜くと、その濡れそぼった指先をあかねに見せ付けるように目の前で擦り合わせ透明な糸を引かせた。そして、こんなにしているのに、と指先を自分の口で音を立てて舐める。

「あんっ・・・やっ、やだ、そんなことしないで」

「どうして?」

 背後の頼久から、ふっと笑みが漏れるような気配がした。
 頼久はあかねの脚の中心へと再び指を戻すと、溶けるように濡れ、ふっくらと頼久を誘うように開いた花びらを下から上へと指で挟んでは撫で上げる。その上部で指を堰き止めるような尖りに指先が押し当てられた瞬間、あかねの体が大きく震えた。

「あっ、んんっ」

「あかね殿、そんなにお嫌ですか?」

 こんな時の頼久はズルイとあかねは思う。
 これまで散々呼び捨てて、捉えて、感じさせて・・・なのに、不意に「あかね殿」と自分を伺うような言葉を投げかける。


「ん、頼久さん・・・あっ・・・」

ずる、と指がひきぬかれ、かわりに熱く猛っている頼久の先端が押し当てられる。あかねの体が、恥ずかしさと期待に紅く染まった。

「お嫌・・・ですか?」

 ---嫌じゃないことなんて知っているくせに・・・

「あかね殿・・・私はもう、こんなに」

 あかねが首を左右に振る。いやいやと。
 頼久はその耳元に口を寄せ、待てない、と低い声で告げた。

 「あかね、あなたの中に入ってもいいですね」
 優しげに訊ねながら、頼久は自身をほんの少しだけめりこませる。だが、ちゅぷ、と入り込んだのは先端のみだった。
あかねは、自分が押し広げられ、深く抉られる、その瞬間を体を震わせてじっと待った。しかし頼久はせっかく入れたそれをあっさりと引き抜き、また浅く入れるという行為を繰り返すだけ。まるであかねの入り口を弄び、楽しんでいるかのように。

「あっ、ぃ、いやあっ・・・頼久さんっ、もうっ」

 もどかしさに耐えられなくなって、あかねは涙をこぼして頭を振った。

「あかね、もう・・・何?どうして欲しいの?」

「もう・・・お願いっ・・・許して・・・」

「ちゃんと言って。あかね、言えるまでは許しません」

 頼久が、あかねの背のホクロに、ちゅと口付け、傷跡を舌で舐めた。

「ああっっ、もっと、ちゃんと、ちゃんと抱いて・・・お願いっ」

「私も、もう・・・待てませんでした」

 頼久は名残惜しげに、あかねの傷跡から唇を離すと、ホクロにもう一度軽く口付けた。
 
 あかねの体を布団へと横たわらせて、指を絡めあいながらあかねの上へと覆いかぶさる。自分の体であかねの脚を開き、待ちわびた感触を味わいながら、あかねを見つめれば、あかねも目尻を濡らしながら頼久を見つめた。熱のこもった視線にぞくぞくとした快感が走る。

「あかねっ」

 肩膝の裏側を手で抱え、持ち上げて、あかねの中へと入ってゆく。
 奥へ、もっとあかねの中へ。

「あっ、ああ・・・頼久さんっ・・・」

 剣の鍛錬など、あかねの前では何の役にも立たない。
 我慢などきかない・・・あかねと繋がる度に感じる思いを、今宵もまた頼久は噛み締める。それでもなお、自分の動きに沿って体を揺らし、堪え切れない喘ぎ声を漏らし聞かせてくれるあかねを、もっと、ずっと、感じさせていたかった。

「あかね、あかねっ」

 あかねの体を突き上げるように腰を動かす。
 愛しい、誰よりも愛しいあかねの心も体も全部を、羽のような温もりでそっと包んでいたいという思い。
 もっと強く、ただ自分だけを求めて欲しい、そのためならば、たとえ全てを壊してさえも構わないという欲望。
あかねの声が高くなる度に、二つの思いが交錯し、最早自分では制御できない領域に達していた。

「あっ、もうっ、駄目・・・頼久さんっ、だめぇっ」

 あかねの腕が頼久の背に絡み、僅かに伸びた爪が食い込む。
 
「あかね、もっと感じて・・・もっと・・・」

「あっ・・・んんっ・・・」

 あかねが唇を噛むごとに、頼久の背に食い込む爪は深くなる。
その表情に、その痛みに、もう我慢の限界だと、頼久がそう思った時、あかねが噛み締めていた唇を開き、感極まった声を上げ、一層強い力で頼久を抱きしめた。

「あかね・・・もう・・・」

「頼久さんっ、わたしっ、わたしっ・・あっ、っんんっ・・」
 
 あかねの背が撓るように後ろへと反り返り、回されていた腕の力が抜けていった。その体を落とさないように抱きしめながら、頼久もまた、ぐったりとあかねに重なる。

 部屋はまた、元のように未だ止まぬ雨の音だけが流れていた。








 「星、見れなかったね」

 横たわるあかねが、不意に口を開いた。

「星?」

「うん、ほら今日は七夕だったから。織姫と彦星のこと・・・話したよね?」

「ああ・・・」

 七夕の夜、年に一度だけ会うことのできる恋人たちの話はあかねから聞いたことがあった。その日の夜、空が晴れ、星を見ることができれば恋人たちが無事に会うことができた証なのであるという。二人が幸せに輝いているのだという。

「雨が降っちゃったからねぇ・・・会えなかったかなぁ」

 まるで自分のことのように、二つの星の行方を気にするあかねの顔は曇っている。
 そんなあかねの表情は、まるで幼い少女のようで、先ほど自分が見たものとは違うような気もするし、だが、あの大人びた彼女も、紛れもなくあかね自身であることは頼久が一番よく知っている。

「雨でも・・・会えたよね。ちゃんと会えてるよね」

 そう言いながら微笑むあかねに、そうですね、と頷き、頼久もまた微笑むと、雨を孕んだ密度の高い風が部屋に吹き込んできた。
この風のせいか、それとも先ほどの汗がまだ乾ききらないのか、あかねの額に前髪がぺたりとくっ付いている。

 
 雨が降ったから・・・か。

 雨のせいで今宵の空には星が輝くことはなかった。
 けれど、頼久には、ちゃんと二つの星が見えている。その星を誰よりも愛していた。

「目には見えなくとも、星は消えません。それは・・・いつの日か終わりは来るでしょうが、けれど、愛し合う限り、星はいつも輝いています」

 頼久の言葉にあかねが顔を上げる。頼久は自分をじっと見つめるあかねの額に張り付いていた前髪を優しく左右に分けた。そして、照れたように笑うあかねを宝物のようにしっかりと抱きしめると、その背中に指を伸ばした。


 あかねの白い背中にぽつんと一つあるホクロ。
 そしてまるで流れ星のように、ホクロに繋がる桃色の傷跡。

 
 この小さなホクロを、誰も見ることのできない小さな星を自分だけが愛している。
 あかねが自分でさえ見ることのできないこの傷を、頼久だけが愛していた。

 自分の手の届く、この星が愛しく、そして何よりも美しいと思う。
 世界にたった一つだけの、自分だけが愛する星は、夜空の星の何倍も。



 頼久は二つの星を思い浮かべながら、あかねの背を撫でた。

[了 / 紅緋星]