|
-日記の題名:いんたぁねっと-
今日、あかね殿にいんたぁねっとなるものを教わった。 |
|
頼久がパソコンの前に座り込み、真剣な顔をして何やらぶつぶつと呟いている。
やっと一行か・・・
実際にはあかね殿の言ってることはわからなかったのだから、正確には教えてもらった相手はあかね殿ではないのだが…
・・・まあいいか、いや・・・でも、たかが日記と言えども嘘を書くことは許されまい。
仕方が無いまた一から書き直すか。しかし、どうすればよいのだろうか?
ん?…『本日の日記を消去しますか』…ああ、これだ。
「はい、お願い致します」
ポチ。
おお、見事だ。さて、ではあらためて。 |
-日記の題名:いんたぁねっと-
今日、天真にいんたぁねっとなるものを教わった。これが使えると大変便利だと、二人は言っていた。まずは練習がてらうぇぶ日記でも書いてみたらどうかとも言われた。うぇぶ日記とはどんな日記なのだろうか。この私に書けるような日記なのであろうか。もとより日記とは自身のことを書き記すもの、うぇぶの日記を私が書くなど天真の真意が計りかねる。
何事も習うより慣れろである。さっそく彼等の言葉に従ってみようと思う。 |
|
「頼久さんっ、ふふっ猫背になってるよ」
シャワーから出たあかねが後ろから頼久に飛びついて、丸まった背中にじゃれつく。
「あ、ああ、あかね殿、すみません。知らぬ間に夢中になってしまったようです」
頼久はビシっと背筋を伸ばすと、モニター画面を睨みつけていたために固まってしまった体をほぐすように、肩を何度か回してから、大きく伸びをした。
「ねー面白いでしょう、ネットって。ついつい夢中になっちゃうよね」
得意気な顔であかねが言うと、頼久は首をぶんぶんと縦に振って、その言葉に心の底から深く頷いた。
「ええ、これはとても利口なものです。あかね殿、これは一体誰が作ったのでしょうか?」
え?…誰が作ったのでしょうかって……ビル・ゲイツさん?違う?
適当に答えて、更に突っ込んだ質問をされたらたまったもんじゃないと思ったあかねは巧みに話題をすり替える。
「ね、そんなことよりさ、頼久さん日記書いたんでしょう?ね、見せて見せて!」
「だめです」
即答する頼久に、むっとした視線を送るあかね。その頬は見る間に膨らんで今にも「むぅー」という声が聞こえてきそうだった。
「ケチっ」
「え?あかね殿?」
「ケチ、頼久さんの意地悪。見せてくれたっていいじゃない」
「ですが…日記とは人に見せるものではありませんし、それにこれは練習ですので」
隠されれば隠されるほど見たくなるのが人間の性というもので、あかねとて特例ではない。
「ねえ、見せてってば」
「だめです」
「どうしても?」
「はい、どうしてもです」
「でも見たいな〜、頼久さんの日記」
「見る価値などないものですから」
仕方ない。
あかねはニッコリと微笑むと、頼久の腕にぶらさがるようにくっ付き、瞳を潤ませて頼久の顔を上目遣いで見上げた。
「お願いだから見せて。ねえ、頼久さ〜ん」
このセリフも姿も、この上なく情けないものと自分でもわかっている。いるからこそ、できればこんなことはしたくなかった。だが、最終手段のこの「おねだりポーズ」を出すほどに、あかねは頼久の日記が見たかった。
日記の内容など最早どうでもいいのだが、頼久が自分に見せてくれないこと、それこそがあかねにとって問題で、そして恥を忍んでやってみた結果は……
「あかね殿・・・あきらめてください」
あかねの負けであった。
頼久の返事に我に返ったあかねは、未だ腕にぶらさがっている自分が恥ずかしくて仕方がない。そしてこんなことをしてしまった自分に怒りすら感じて、その怒りは何故か頼久へと向かった。
「何よ、頼久さんのケチっ」
「ケチ、と申されましても…」
「本当のことでしょ、ケチッ、ばかっ、ハゲッ」
「ハゲ、てはおりませんが・・・」
「なにそれっ。性格悪〜い」
「……」
もう、何も言うまい……
頼久は、やれやれと言った顔であかねを見る。
これは、いつものあかねのパターンなのだと頼久にはわかっていた。そして、あかねのこんなふうな、気持ちをストレートに出すところも彼は愛していた。
あかね殿、あなたは本当に可愛らしい方ですね。
頼久のあかねを想う気持ちが強すぎて、それが表情に出てしまったのか、あかねは頼久の顔を見つめて「あっ!」と大きな声を上げた。
「なっ、何ですかあかね殿」
「今、笑ったでしょう?私のこと笑ったでしょー!」
頼久がギクっとした。
「いっ、いえ、笑ったりなんかしてませんよ」
「嘘、笑ってたもん、私見たもん。絶対に笑ってたもんっ!」
あかねはしつこいほどに頼久を追い詰める。
「いえ、断じて笑ったりなどしておりません」
だが、頼久も折れない。
「いーよ別に。笑いたければ笑えばいいじゃない」
あかねがプイっと横を向いた。その肩に頼久は優しく手をかけてゆく。
「あかね殿」
あかねの顔を覗きこむと、にっこりと微笑んだ。あかねも照れくさそうに頼久に微笑み返そうとする。が、その後に発せられた頼久の言葉にあかねの表情は再び固まる。
「子供みたいなことは、もう終りにして、さあ何か美味しいものでも食べに行きましょう」
微笑みかけた顔が、また険しくなり、黙ったまま何も答えないあかねに頼久は戸惑った。
「あっ、あの・・・あ、あかね殿?」
「子供じゃない……」
「え?何と仰ったのですか??」
あかねは立ち上がると大きく息を吸い込んで、すぐにそれを吐き出すように大きな声を上げた。
「子供じゃないっ。子供じゃないわよ〜〜!!!」
その剣幕にオロオロする頼久を尻目に、あかねは手に触れた物を次々とあたりかまわず投げ出した。
部屋の中に、ティッシュが飛ぶ。リモコンが飛ぶ。雑誌が飛んでその角が頼久に当たった。「イテテ」と頭を押さえる頼久にかまわずに、いやかまうどころか痛がる頼久にあかねは更にクッションを投げつけると
「子供じゃないもんっ!!わ〜〜ん〜〜」
泣きながら走って寝室へと入ると、カチャンと鍵をかけた。
しばらくはあかねの泣き声がドアの向こうから聞こえていたが、そのうち眠ってしまったのだろうか、シーンと静まり返り、そのまま朝まで寝室の鍵があくことはなかった。
空き巣に入られた後のような部屋の真ん中で頼久はちょこんと正座して改めてあたりを眺めた。
・・・あかね殿、あなたは立派な大人です……子供にはこんな力はありませんから。
頼久が散らばった物をひとつひとつ片付けて、ようやっと元に戻した時には、既に日付は変わっていた。ふっと小さなため息をついてソファーへと横になる。
目を閉じて……あかねにはもう二度と「子供」という言葉はつかうまい。そう自分に誓った。
そしてもう一度頭を触って「イテ」と言うと、小さなソファーから足をはみ出しつつ頼久は眠りに落ちた。
「頼久さん」
頼久はあかねの声に、パッと目を開けると、自分が今いる場所がわからずに部屋に視線を泳がせた。
「頼久さん、昨日は…その、ごめんね」
心配そうに自分をじっと見つめてそう言うあかねに、「ああ」と、やっと昨夜の出来事を思い出した。
「いいのですよ、気にしないでください、あかね殿」
肩に置かれた小さな手を覆うようにして、自分のそれを重ねてゆく。
「よかった〜。本当にごめんね、頼久さん」
あかねの顔が笑顔で輝いてゆく。その顔を見ながら頼久もまた「ああ、よかった」と別の意味で安堵していた。
愛くるしく笑うあかねの頬に頼久は指を伸ばし、その輪郭をなぞって首につたわすと両手で髪をかきあげるようにしながら
何か言いかけたままの形で開かれたあかねの唇へと口づけた。
「んっ、よ、頼久さん……」
「あかね殿。あなたは素敵な大人の女性です……だから」
「うん…」
互いに交し合う口づけは次第に深くなり、いつしかどちらともなく服に手をかけると素肌に感じる温もりを飽きることなく求め続け、それは太陽が傾く頃まで続いて、気が付けば指を絡めあったままソファーの上で二人は眠っていた。
きっと昨夜は眠れなかったのですね。
頼久は自分の腕の中で眠るあかねを起こさぬように、そっと体を起こすとソファーから抜け出した。
丸まって眠るあかねの姿を見て、寝室に連れていったほうがいいかな?とも思ったが、それで起こしてしまったら可哀想だと、すぐに思い直し、風邪を引かぬように毛布をかけると頼久はシャワーを浴びに部屋を出た。
シャワーから戻ると、あかねはまだ眠ったままで、頼久は安心したものの、ほんの少し退屈だと思う。
ふっと部屋を眺めれば視線の先にパソコンがあり、迷うことなく電源を入れる。練習、練習と、頼久が起動ボタンを押す。すぐに画面に『只今起動しています』の文字が表示された。
「よろしくお願い致します」
ペコリと頭を下げながら、頼久は昨夜のことを考えていた。
たわいない喧嘩であればこれまでも何度となくしてきたが、あれほどまでにあかねが暴走したのを見たのは初めてだった。そして、別々の部屋で眠ったのも・・・愛し合うようになってからは初めてのことだった。
「元はと言えば、これか」
頼久がパソコンの画面を見つめ、そして思う。
早く、日記などではなく、あかね殿に見せられるような文章を書けるようになりたい、それには練習あるのみだ。
だが、何を書こうか・・・…そうだ、もう「うぇぶ日記」などはやめよう。自分の日記を書くのだ。己の日記なのだから昨夜のことを嘘偽りなく書き記せばよいではないか!
カチリ……カチリ・・・・・
恐ろしいほどの時間をかけ、頼久はキーボードを叩いてゆく。
やっとの思いで一つの文章を書き上げると、頼久は緊張の糸が切れたように大きく息を吐き出した。
その時、背後で「んん〜〜っ」という声がして、あかねが目覚めたことを頼久に教える。
寝かせておいてあげたいとは思いつつ、一人でいるのはやはり退屈で、寂しくて・・・・頼久は駆け出さんばかりの勢いであかねの元に行くと、目をこする姿を愛しそうに見つめながら
「コーヒーでいいですね、あかね殿」
うん、と頷くあかねに頼久は、ちょっと待って下さいね、と声をかけてキッチンへと入ると気付かぬうちに鼻歌を歌い出していた。
コーヒーの香りが部屋の中に流れて、あかねはクスっと笑うと、大きく伸びをして頼久へと駆け寄ってゆく。
「私も手伝うね」
「はい、あかね殿」
何気ないことが最高に楽しいと、二人ならば何をしても楽しいと思うのはこんな時。
二人だけど楽しい。二人だから楽しい・・・…そのどちらも本当。
二人は目を合わせると、どちらからともなく笑いあった。
一方リビングでは、点けっ放しになったままのパソコンのモニターに頼久の書きかけの文字が並んでいた。 |
|