きっと、もう愛していた。

あなたと初めて出会った時を、そう思う。
 頼久はあかねの顎に指をかけると唇を重ねた。
 静まり返った室内に、二人の密やかな息遣いだけが満ちてゆく。

 互いの想いを確かめ合った今、もう頼久を止めるものは何もない。これまで、受け入れられることなど無いと思っていた口づけを交わす。
 幾度も幾度も。
 僅かに開いたあかねの口に頼久の舌が滑り込み、互いの温度をしっかりと伝え合う。
 頼久の舌があかねの歯列や舌先を撫でる度に、あかねはくすぐったいのか、かすかに震える指先を頼久の髪に差し込んでは、その地肌を軽く掻きながら、小さな喘ぎ声を頼久の中へと溶かし込んでいった。


 「頼久、神子殿を頼んだよ」

 昼間、友雅が去り際に耳打ちした言葉が頼久の胸の奥で蘇える。
 ・・・・言われなくとも・・・
 だが、その思いを言葉にすることはできず、喉の奥に留めた。


 「神子殿・・・・」

 頼久はあかねから急に唇を離すと真剣な眼差しでその顔を見つめ、呟く。

 「っ、はぁっ・・・・・・どうしたの・・・?」

 不意に失った唇に戸惑いを隠せないままに、あかねは上がりかけた息を整え、それでもまだはっきりとは焦点の合わない瞳で頼久の顔を覗き込んだ。

 「はっ・・・いえ・・・その今日・・・皆の前で・・・」
 「うん?」

 自分から話し掛けてきたくせに、自分から見つめてきたくせに、それなのに見つめ返すと、その瞳の奥には小さな少年のように慌てる頼久がいて……そんな頼久が愛しくて、あかねの頬は緩んでゆく。

 「いえっ・・・・その・・・神子殿は私を・・・」
 「うん、好きって告白しちゃった・・・・皆の前で言っちゃったね」

 頼久はあかねの言葉で、いつものように顔を赤く染めてゆく。
 ただいつもと違っていたのは、あかねを見つめる頼久の瞳が、一人の男としての情熱と、同時に何かに怯えるような感情を孕んでいたことだった。

 「・・・信じられないの?」

 あかねは頼久の首に手をかけると、少し微笑み、そして静かに唇を重ねてゆく。

 「いえ、神子殿・・・ただ・・・」

 小さな歯で唇の端をそっと噛んだ。頼久の舌がそれを捕まえようと動く。

 「ただ・・・?」

 あかねも頼久も唇を重ねたまま途切れ途切れに言葉を交わす。

 「いえ・・・私は・・・神子殿あなたを・・・・」
 「・・・っ・・・はぁっ・・・」

 途中で言葉を切った頼久の唇は器用にあかねの舌を誘い出して、湿度のある音が響き、舌先だけを絡めて愛撫しあう二人の意識を掠め取ろうとする中で

 「神子殿・・・あなたを必ず守ってみせます」

 そう告げると、頼久はあかねの体を抱き寄せ、目の前にある白い首筋に軽く歯を立てた。
 頼久の唇が動くたびに、あかねは首を反らせては甘い息を漏らす。
 自分の行為に敏感に反応するその仕草が愛しく、頼久の独占欲は満たされてゆく。



 神子殿、あなたを愛している。
 ただ・・・愛している・・・本当はたったそれだけでいいはずなのに、「あなたを必ずお守りいたします」そんな言葉であなたを捕らえようなどと、愚かな思い違いをしてしまう。
 あなたと初めて出会った時から、想いは何ひとつ変わってはいないのに。
 それでも、あなたを想う心の温かさに、それまでは知らずにいた感情に。まるで雨の寒さを初めて知ったかのように。小さな不安に押し潰されそうで、雨の止むのを待てないで、あなたを縛り付けたいと願う。
 だから私の言葉に、私の指に、唇に・・・応えてくれるあなたを見て、私が、自分だけがあなたを縛っているのだという錯覚に陥りたいのです。


 ああ、だけど本当は・・・


 あかねは頼久に抱かれたまま、腕の中で少し背伸びをすると頼久の唇に指をあて、その指を顎の線にそってゆっくりと耳までなぞってゆく。
 まるであかねがそうさせているかのように、頼久の眉間に皺が刻まれてゆく。

 あかねは頼久の耳元に口を寄せると、ほのかに染まった耳朶に舌を絡ませながら囁いた。

「好きよ、頼久・・・・」

 その瞬間、頼久の身体中にズキリとした痛みにも似た快感が駆け巡る。
 そう、本当は、こうしてあなたに・・・・縛られたい・・・・・

 あなたの全てに縛られて、瞬きをするのも怖がるほどに、いつでもこの瞳にあなたを捕らえていたい。愛されるという悦楽の前には、何の歯止めもきかず、ただ己の思うままに貪るだけ。

 「あっ・・・っ・・・」

 頼久はそれまで優しく触れるだけだったあかねの首筋をいきなり強く吸い上げた。
 襟元から指を滑らせると、柔らかな感触がその無骨な指に伝わる度に、自分の背中に回ったあかねの手に力が入り、着物と共に長く垂らした髪を掴まれ、引きつるような痛みと、今まで感じたことの無かった快感にきつく唇を噛み締める。

 「はぁっ・・・・んっ・・・よっ頼久っ・・」

 自分を求めるように、宙に伸ばされたあかねの両の手首を軽く握り締めると、大きく手を開き、それからしっかりと指と指とを絡めて自分の手の中に包み込んだ。

 「神子殿・・・」

 頼久の手によって、既にはだけてしまった胸元だけが薄暗い部屋の中で白く光る。

 「やぁぁっ・・んっ・・・・」

 あかねの胸の間に顔を埋めた頼久は、そこに自分の印を刻み込むために口づける。
 チリリとした熱があかねの胸を貫き、そこから身体中に広がっていった。

 「神子殿・・あなたの全てを・・・見せて・・・・」

 神子殿、あなたに私の全てをささげよう・・・
 心も、身体も、そしてこの命でさえも・・・・
 だから、だから・・・どうか・・・・
 神子殿、もっと、その声で、その瞳で・・・私を、縛ってください。


 頼久はあかねを抱きしめると、あかねの吐息ごと、まるで呼吸まで奪い取るように唇を重ね
そのまま冷たい床の上に熱を帯びた身体を押し倒していった。





 神子殿、初めてあなたと出会った時・・・・
 去ってゆく後ろ姿にあなたを縛り付けたいと思い、
 そして見つめ返された視線に跪いた。




  そう・・・きっと、もう、愛していた。









[了 / その声で]