欲張りで行こう! 「頼久さんってつまんなーい」 七夕の夜、 頼久はつまらない男になった…… あかねと共に自分にとっての異世界で暮らすようになって早一年。 頼久は、それなりに現代の生活にもマンション暮らしもに慣れ、こうして、あかねとの週末デートを楽しめるまでになった。 今日は、梅雨のせいか涼しい風が吹いていて、広めのベランダに出て、とりとめのない話をしていたのだ。 そこに突然「つまんなーい」の言葉。 頼久はいきなり言われたこの言葉に一体何がなんだか訳がわからなかったが、それでもひとつだけわかったことがある。それはあかねが自分に失望してしまったらしいということ。悲しい事実だが、これだけはかろうじて理解することができた。 しかし…何がいけなかったのだろうか??? 鈍器で殴られたような衝撃が頼久の頭を混乱させる。 確か今まで七夕の話を聞いていたはず。 それは、あかねに言わせれば、昔々からの古き良き風習で、ずいぶんと古い風習と言うわりには、自分の元いた世界にはなく……具体的には、笹に短冊を吊るして、織姫と彦星が会える日だと言う。 その話を興味深く聞いていただけなのに……? 口を一文字に結んだ頼久の眉間に瞬時にして皺が寄った。 「そうやってすぐに黙っちゃうんだから」 追い討ちをかけるようなあかねの言葉に頼久はしかたなく口を開く。 「しかし・・・」 開くことは開いたが言えたのはこれだけ。 「しかし…?そのつづきは?」 いたずらっぽい目で自分を見つめるあかねに頼久は心の中で、違うため息をついた。 ああ、あかね殿… そんな目をされたら……頼久は、頼久は、もうっっ 今すぐあなたを抱きしめて、その真白なうなじに自分の印を… 真紅の花を咲き乱れさせたい。そしてあなたの全てを味わいたい… だが、あかね殿は自分に失望している。でも一体どうして……?? 「あかね殿っ!!」 頼久が急に姿勢を正して大きな声を出す。 「なっ、何よォ、いきなりだなぁ」 「すみません」(・・・でも、あかね殿こそいきなりだったではないですか・・・・) 「もー!謝らなくてもいいですって、で、何ですか?」 頼久はコホンと一つ咳払いをして、おもむろに切り出した。 「えー、この頼久、未熟者にていたらぬ点があるかと存じますがッ!」 何時にも増して真剣な頼久の剣幕にあかねはたじたじになる。 「よ、頼久さん、そんなに固くならなくても。それにいたらない、なんて、そんなこと言ってないし」 へっ?……頼久の頭の中に??が渦巻く。 「ですが、あかね殿は、その、わ、私のことを、その…つまらないと……」 あかねは一瞬、ポカンとしたが、自分の発言を思い出して笑い転げた。 「あははははー!!やだー頼久さん、そんなこと考えてたんだー。やだーおかしいィ」 そんなこと…… そんなこと…… そんなことだなんて…… 頼久が再び黙り込んだのを見て、あかねが慌てて付け足した。 「違う、違う!!そういう意味じゃなくって。あのね……だって、頼久さんってば七夕の願い事が無いって言うからさー。それってなんかつまんないじゃない?」 「え?あ!!ああ、なっ、なんだ、そんなことだったのですか!」 頼久が心底ホッとした顔をして今度は安堵のため息をもらす。 「そうだよ、だから“そんなこと”って言っただけ。ね・・・たいしたことじゃないでしょう?」 「はい!」 頼久は喜んだ犬が尻尾を振るごとく、首をぶんぶん振って頷いた。 「もー。頼久さんってば。でも、本当に願い事ないの?」 「そうですね…確かに願い事は無いと言いましたが…あのぉ、わ、私の願いごとはっ、あ、あかね殿と一緒にいることですので…その、す、既にかなっているからなのです」 バシッ 照れ隠しなのだろうがあかねは容赦なく頼久の体を叩く。 「やだぁ、もうっ。頼久さんったら。そういう恥ずかしいこと言わないでよー照れるじゃないのよォ」 バシッ、バシッ 本人は自覚していないが、これが結構痛い。しかし愛の力というのは底知れぬパワーがあるらしく、頼久は痛みを感じないのか、そんな恋人をうっとりとした目で見つめている。 「ねえ、頼久さん?」 「なんでしょうかv?」 「私思うんだけど、七夕もひとつのイベントだし、大人になっても、そういうのって楽しみたいじゃない?だから今でも短冊に願い事書くの。だからさ、頼久さんも書けばいいのにって思うな」 「イベント・・・(?)」 頼久はふと考え込んだ。イベントという言葉の意味は置いておくとしても、あかねは願い事を短冊に書いたという。その願い事とは一体何だろうかと。 「あ、あかね殿?」 「なあに?」 か、かわいい…… ニッコリと微笑むあかねに思わず目がくらんで顔が赤くなってゆく。 いや、いかんいかん!! 頼久は、緩みかけた頬を無理やり引き締めた。 「あの、あかね殿は何を…いえ、あかね殿の願い事は何ですか?」 「えっ?」 頼久のストレートな質問に何故かあかねの顔が赤く染まってゆく。 そこへ追い討ちをかけるような頼久の一言。 「是非とも教えていただけないでしょうか?」 「え、でも…」 「駄目でしょうか?」 「そういう訳じゃ…でもなぁ…んー。あー、やっぱ言うの恥ずかしいよォ」 「そうですか、やはり私には教えていただけないのですね……」 頼久はまるで一人だけ取り残された子供のようにうなだれて、恨めしそうな瞳であかねをジっと見つめた。 いや、故意にではない。断じて作戦ではない。 だが、その目を見たあかねは、まいったなぁ、と最早隠してはおけないことを悟ってしまう。 「うう…わかったよ。でも、約束して、絶対に笑わないでよ、頼久さん」 「もちろんです!!」 頼久はパッと顔を綻ばすとあかねの瞳を見つめ、深く頷いた。 「あのね」 「はいッ」 「笑わない?」 「笑うわけがありません」 「んー、どうしよう。恥ずかしいなぁ」 「あかね殿…やはり…駄目ですか?」 「あっ、わかった言う。言います言います。だからその目やめて」 「……」 「じゃあ、言います」 「はい」 「私の願い事は、ずっと頼久さんの隣にいたいな!・・・ですっ」 「え?」 あかねは思い切って自分の願いを口にした。 ある意味、あかねからのプロポーズである。 なのに、頼久は要領を得ない顔でポカンと口を開けてあかねを見た。 あかねの胸に嫌な予感が広がり、それは多分、いいやきっと当たっていると思えた。 「よ、頼久さん、もしかして意味わかってない?」 「は、はい…す、すみません」 頼久が心底申し訳なさそうに誤る。 「もうっ!」 「すみません」 「あのね、私は、頼久さんのお嫁さんになりたいんですっ!」 あかねがそう言った瞬間に頼久の顔がパっと輝いた。自然と笑みがこぼれる。 「あっ、笑った〜。笑わないって言ったのにィ。もう、だからヤだったんだよー」 あかねは唇を尖らせて少し膨れっつらになりながら、頼久を叩こうとした。 しかし、今度はその手を頼久はしっかりつかまえると体ごと自分の胸に引き寄せる。 「えぇっ?頼久さんっ?」 「あかね殿・・・・」 頼久は、あかねの名をつぶやくと、ふっくらした唇に自分の唇を重ねた。 …あかね殿 あかね殿の願いは、もう叶っていますよ。 この頼久が、あなたを生涯お守りしてゆきます。だから安心してください…… 頼久が名残惜しげに唇を離す。しかし腕はしっかりとあかねの背中に回したまま。 「可愛らしい願いごとですね」 「あっ?馬鹿にしてるでしょう?」 「そっ、そんなことはありません」 他愛ない言葉のやり取りでさえ顔色を変えてしまう頼久。 その顔を見て、ずっとこのままでいて欲しいとあかねは思う。そしてその隣にはいつも自分がいたいと。ずっとこの顔を見上げながら歩いてゆきたいと、あかねは心から思っていた。 …頼久さん、本当にずっとこのままでいたいね。これからも隣にいてね… 「あっ」 あかねが何を思い出したのか、不思議そうな目で頼久を見つめる。 「何でしょうか?」 「ふふっ。別にィー」 「あかね殿?」 「んー、ただね、さっきの頼久さんの願い事思い出しちゃって」 「何かおかしかったでしょうか?」 「おかしくはないけどさ。私がいるだけで願い事は叶ってるだなんて、頼久さんも欲がないなぁって思って」 欲がない、か。 確かにそうかもしれない。 けれど…… 頼久は思う。 あかねがこんなに近くにいてくれる。 笑っていてくれる。自分を見つめてくれる。 あかね以上の幸せは自分にはない、それだけで十分だ、と。 意を決して頼久が自分の想いをあかねに告げようとした、その時、あかねのポケットの中で携帯が鳴り出した。 着メロ……しかも自分の聞いたことのない曲に頼久は少し不安になる。 「あっ、電話だ」 電話に飛びつかんばかりのあかねの勢いに頼久はしかたなく開きかけた口を再び閉じた。 「もしもしィ?あ、うん私。今?うん、大丈夫だよん」 この声は男だ!!!!!!! 頼久は確信した。相手は絶対に男だと。 そう、彼は短い現代生活の中で、あかねが男からの電話だと微妙に声が変わることを学習していたのだった。 頼久は無言で、あかねの手から携帯を取り上げると電源を切った。 「あっ、何するのよ、電話中だったのにィ」 「いいのです」 頼久はそれだけ言うと、あかねを抱え上げ、ベランダから部屋へとズンズン進んでいく。 「いいのですって、何よ?何考えてんのォ?もうっ、離してよ。携帯返せ、バカ頼久」 手足をバタつかせて悪態をつくあかねを優しくベッドに放り投げると 「願い事を変更することにしました」 何やら裏がありげな微笑みを浮かべつつ頼久は呟いた。 それから少しして、あかねの騒ぎ声は、甘い声へと変わってゆき、そしてそれは いつも以上に頼久を欲張らせることになった・・・らしい。
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