| 迷い道 |
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神子殿・・・あなたを 私の知らぬ世界などには帰らせはしない。 あなたのためなら何だってしよう。 そう、あなたを失うくらいなら、いっそ…… 私は、あなたを抱いた夜、 決してあなたを離さないと決めた。 太陽が沈みはじめていた。 あなたがこの地で過ごす最後の日だったはずの今日が終わろうとしている。 「神子殿、申し訳ありません、私のせいで」 「そんな、頼久さんのせいなんかじゃないです。私がワガママ言ったから」 最後の思い出を作りたいと言い出したのはあなたでしたね。 黙って頷いた私を見て、あなたは私が御自分と同じ気持ちだとでも思ったのしょうか。 私が思い出……最後の思い出などを欲しがっているとでも。 私が欲しいのは、ただあなただけなのに。 神子殿、慣れない者にとって山道というのは迷路と同ようなものです。 あなたの言う最後の思い出に、京で一番素晴らしい景色を見に行った私達は、簡単に道に迷った。いや、正確には、道に迷ったのはあなただけだ。 前を歩く私に遅れないようにと、懸命に歩くあなたはとても可愛らしい。 ええ、あなたは本当に可愛い方ですね、神子殿。 あなたを気遣うようなそぶりで、不意に振り返り、手を差し伸べると、恥ずかしがりながら、それでもしっかりと腕を伸ばして私の手を握る。そして、あなたは頬を染めて私を見上げた。 初めて抱いた時と同じように。 その瞳は一点の曇りもなく、真夏の太陽のように真っ直ぐに私を射抜き、疑うことを知らないというのはこのことだと。 まるで頭から水を浴びせかけられたかのように改めて思い知らされ、邪まな己の心を、今にも、あなたに詫びてしまいそうになるのを全身に力を込めて堪える。 「神子殿、頼久が付いておりながら、このような失態・・・・どうかお許しを」 こんなことをよく言えたものだと、もう一人の自分が苦笑している。 だが、神子殿、あなただけは私を疑いもしない。 むしろ勝手に足を進めた自分を責めておられる。 そう、あなたは本当に素直で純粋な方だ。 今日も・・・・私が思う方向に自ら入り込んで行ってくださった。だが、時にその素直さは人を傷つける凶器にもなりうる。 あなたがもし、私を責めてくださったら、恨み言のひとつでも仰ってくれたら、私を疑ってくれたならば、私は…… 私は、あなたをすぐにでも解放して差し上げたでしょう。 「神子殿、今宵はこの辺りでとどまるしか策は無さそうですが」 僅かに差し込んでいた夕日も姿を潜め、いつの間にか闇が侵食してきていた。 本格的に暮れてしまえば、勝手知った自分でさえも迷い込んでしまうだろう。 「そうですね、この暗さじゃ歩けませんよね」 できるだけ平らな場所を選んで、己の着物を脱ぐと、それを地面に敷き神子殿を座らせた。 「何もございませんが」 筒に少しばかり残った水を分け合うように飲むと、その場に体を横たえた。 「頼久さん・・・・」 自分を求める声に、汗ばんだ身体を抱き寄せ額に軽く口づけを落とす。 「神子殿、お傍におりますゆえ安心してお眠りください」 「うん、ごめんね頼久さん。でも明日はきっと皆のところに帰れるよね」 「ええ、帰りましょう」 疲れきっていたのだろうか、それとも安心したのか、あなたは安らかな寝息を立てはじめ、この後に続く私の言葉を聞くことはできなかった。 いや、たとえ起きていたとしても、言葉にするつもりなど最初からなかったが。 知らない方がいいこともあるだろう。 いつしか深い眠りについた神子殿の身体をきつく抱きしめる。 神子殿、残念ですがあなたのいらした世界にはもう戻れないでしょう。 ですが、きっと帰して差し上げます、あなたの戻る場所へ。 この私の腕の中へ。 神子殿のくぐもった寝声と共に無意識な腕が背中に触れた瞬間、身体が震えた。 背中に回されたあなたの腕が解けてしまわぬように、更にきつく抱きしめる。 そう、私は決してあなたを離しはしない、永遠に放さない…いや本当は、離して欲しくないだけなのか… 神子殿、あなたをこの腕に抱きしめながらも、あなたに抱かれることを夢見る。 指に髪をからめたまま、ぼんやりと月を見上げていた。 |
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| ――終 |