Scene 4


今、お前んちの前にいるんだけど・・・・・・・


焦るぜ・・・・

俺は結局、バイト先に謝って契約よりも10日ほど早く家に帰らせてもらった。
理由はやっぱ、あれだ。あいつとこのまま終わっちまうなんて冗談じゃないって思ったからだ。
だからちゃんと話をしなきゃならない。渡したい物もある。
それには今しかないんだ、夏休みが終わる前にちゃんと。

だが、勢い込んであかねの家の前まで来たはいいが、今月一杯は帰らないって言った手前どうしたもんかと考えてたところに、あいつからメールが届いた。

焦るぜ、まったく。
あいつにはいっつも驚かされる。けど、嘘付いてもしょうがないし、これはある意味、俺にとってはチャンスかもしれないから、俺もすぐにメールを返した。

それから少しして、ガチャガチャと騒がしい音を立てて、あかねがドアから飛び出してきた。寝不足なんだろうか、目が少し赤い。それとも泣いてたのか?

「天真くん!ど、どーして?」
「お、おう」
「なっ・・・バ、バイトは?」
「いや、まあ・・・な。それより今、まずかったか?」
「ううん、平気。とにかくお帰りなさい。あ、あがってくよね?」
「いいのか?」

あかねが少し困ったような顔をしてるのが気になったけど、俺はそのままあいつの後について二階へと上がった。

「おじゃましまーす」

久しぶりだな・・・昔はよく遊びに来たんだよな・・・

子供の頃、外で遊べない日はいつもあかねの家で遊んでいた。特にこれといって何をするわけでもない。ただ仲間内で自室を与えられていたのは、あかね一人だけだったので、そういう日は自然と「じゃあ、今日はお前んちな」ということになっただけだ。
だが、さすがに中学生、まして高校生にもなれば、いくら仲がよくてもそんなに頻繁に遊ぶ時間がありはしない。俺があかねの家に行く機会も自然と減っていった。


「あれ?もしかしてお前の部屋入るのって・・・中学ん時以来か?」
「あ、そうかも。家には最近も何度か来てたけど、私の部屋には入ってないもんね」

いつの間にかあいつより先に歩いてた俺は当たり前のように部屋のドアを開けて、そして固まった。

え・・・・なんだよこれ・・・まんま女の部屋じゃんか・・・・

「天真くん、どうかした?」
「あ、いや、別に。適当に座るぜ」

どうかした?って言われてもなぁ・・・・あなたの部屋があまりにも女の子っぽくなっていたので、ボクは驚いて思わず息を止めてしまいました。なんて言えるかぁーッ。



「ねえ、天真くん」
「あ?なんだよ」
「何って言われると困るんだけど」

やべえ・・・あかねが固まっちまった。
マジまずいぜ・・・これじゃあいつもと同じになっちまう・・


話したいことがある。渡したい物もある。だけど、そのきっかけがつかめなかくて、たいした意味もなく部屋の中を見回していた。
・・・・俺の部屋とは比べ物になんないくらい、きちんと整頓された机、ベッドもカバーがきちんとかかって整えられていた。
ふうん・・・そうか。
窓の近くに小さな引き出しがあって、その上に鏡が乗っていた。その鏡の前には見慣れない化粧品や、多分あれは髪を留めるもんか何かだろう・・・と、それと香水の壜を見つけて、最初にこの部屋を見た時に感じた女らしさの原因はこれだったのかと納得した。

・・・そうだよな、あかねも女なんだもんな
あ・・・・

香水や細々とした箱が並ぶ中にそれはあった。
ごちゃごちゃしたところから少し離れて、四つに折られた白いハンカチの上にちょこんと乗っていた。

ふうん・・・


「あかね、これお前にやるよ」

結局俺は、プレゼントを渡すきっかけなどつかめないまま、用意してきた小さな包みをポケットから出して、いきなりあいつに放り投げた。まるでキャラメルでも渡すように「ほら」と言って。
上手にキャッチしたあいつは不思議そうな顔をしてたが、俺の「開けてみろよ」という言葉に素直に包みをほどいたんだ。
真剣に包みをほどくあいつの表情が少しずつ変わっていくのが見えた。

「天真くん・・・これ、本当に私に?」
「ああ、お前欲しがってただろ」
「嬉しい、憶えててくれたんだ・・・・ありがとう!」
「あの時は金なかったから・・・」
「え、じゃあバイト代」
「お前が気にすることじゃねえよ」

俺があかねに渡した物は小さなペンダントだった。

夏休み前に一緒に帰った時、店先に飾られたそのペンダントを指差してあかねが言った。
『あれ、私の誕生石なんだよ』
あの時、俺は返事もしなかったけど・・・だって・・・あの時もいつもみたいに気まずかったから・・・誕生石なんだよって言いながらあいつが見てたペンダントを俺はしっかり覚えたんだ。

「天真くん、ありがとう。大切にするね」

あかねのはしゃいだ声を聞きながらも、俺は鏡の前に置かれたそれから目が離せなかった。そして立ち上がって、それを・・・・その小さな石を掴んだ。
あいつの大切にしてる石・・・・あの世界から帰る時、一緒に闘った仲間たちから贈られた、向こうでも珍しい、そしてとても綺麗な石だ。俺は、あいつが、この小さな石を大切にしてることを知ってた・・・・。

「まあ・・・この石の代わりにはなんねーだろうけどさ」

あいつが持つペンダントと見比べながらそう言うと、あかねはひどく驚いた顔で俺を見た。

「天真くん・・・・これを私にくれるためだけに、ここに来たんじゃないんだね」
「え、や・・・別に、ほらあれだ、休み前、なんつーか気まずかったから、手土産でもないとな」
「嘘。それだけじゃないんでしょ?だってバイト途中でやめるなんて、何の理由も無くて天真くんがそんなことするとは思えないもん」


黙ってしまった俺が喋りだすのをあいつはじっと待ってるようだ。


・・・仕方ねえか。


「俺・・・この一ヶ月間に、俺なりにいろいろ考えたんだよ」

俺はこの夏、自分がずっと考えていたことを少しずつ話しはじめた。

ずっと引っかかっていた・・・・京であいつを守れなかったことや、付き合ってくれと言ってしまったこと・・・そして最近の関係・・・・

「なあ、あかね・・・お前、俺と付き合ってんの嫌か?俺に好きだとか言われて本当は迷惑だったんじゃないのか?」
俺は思わず大声で叫んでいた。

「クスッ」


クスッ?あれ?今笑ったか?
なんでだよッ。なんで俺が真剣に話してんのに笑うんだ!


「あ、ごめん」
「・・・いいよ、けど俺、なんかヘンなこと言ってるか?」

あいつが俺を見ながら首を横に振った。それから俺が告白した日と同じように、恥ずかしそうに頬を赤く染めた。

「違うの、天真くんも私と似たようなこと考えてたんだなって思って」
「え・・・?」
今度は俺が驚く番だった。

「あかね、それって」
「うん天真くん、ごめんね」

あいつは顔を上げると真剣な表情で俺に謝った。

「そんな何度も謝んなくたっていいよ」
「今の“ごめん”は・・・まだ言ってなかったから、私も天真くんを好きだったってこと」

今、好きって言ったか?

「お前も俺のこと好きだったのか?そうなのか?」
俺は思わず聞き返した。
「もうッ、恥ずかしいでしょう」
あいつは顔を真っ赤にして睨みつけた。


「わりィ、でも、それって俺が勝手に思い込んでたわけじゃないってことだよな?」
「うん・・・天真くんに好きだって言われた時、すごく嬉しかった」
「じゃあ・・・俺達は・・・」
「うん」


俺は、あいつの・・・あの嬉しそうな顔を信じてればよかったんだ。
あいつを疑う必要なんてなかったんだ。
この一ヶ月・・・すげえ寂しくて、そりゃあ離れてみて、初めて相手の大切さがわかるってことでもあったんだろうけど・・・・
けど、俺は、そんなことわかんなくてもいいから、あいつと離れたくなんかない。


「あれ?・・・」
あいつが、おかしいな?とでも言いたげな顔で俺を見る。

「天真くん、私、いまいちわかんないんだけど、今の話と、ペンダントと、この石と・・・・・どういう関係があるの?」
「それは・・・・自分でもよくわかんねえんだけどよ、お前がその石を大事にしてるの見て・・・俺には、俺がいない時にお前に思い出してもらえる物が何も無いって思ったんだ、それで・・・その・・・誕生石だって言ってたし」

なんだかまた困らせちまったようだ・・・・
だけど、あいつは俺が理解できるようにゆっくりと話してくれた。

「あのね、私がこの石を大事に思うのは・・・あの出来事や、京の世界を思い出したいってよりは、忘れたくないって思うからなんだ。
帰ってきたばかりの頃は、あれほどの出来事を忘れるわけないって思ってたんだけど、でも実際に今ではもう、少しずつ薄れてきてる。
けどね、考えてみればそれって当たり前だと思うの。だってあの世界には二度と行けないし、あの時のみんなとはもう・・・・新しい思い出を作ることできないんだもん・・・寂しいけど、思い出は古くなるばかりだもんね」

まあ確かにそれはそうだな、と思う。あいつらとはもう二度と会えまい。

「だけど天真くんは違う。天真くんのことは思い出す必要なんか無いの」
「どういう意味だよ」
「この一ヶ月、私たち会わなかったよね。電話もしなかったし・・・でも私、天真くんを忘れることなんてなかった・・・忘れるとか思い出すとか、そんなこと意識する暇ないくらい・・・いつも思ってた。いつも、毎日・・・天真くんのこと考えてた」

あいつは、そこまで喋って・・・最後にポツリと呟いた。「でも、この気持ちだって、ちゃんと言わなきゃわかんないよね」と。

俺だって同じだ。
いつだって、何を見たって、考えるのはあかねのことばかり・・・・
でも、俺のこの想いも、言わなきゃわかんないんだよな・・・


「あかね、俺も・・・・俺もずっとお前のこと考えてたんだ。やっぱり離れたくないんだ」


目と目が合った・・・・
俺は思わずあいつの肩に手を伸ばしていた。
あいつが頷いたような気がした。



俺達・・・
これからも一緒にいていいんだよな。
あかね・・・俺、お前に触れてもいいんだよな。




俺はあいつの背中に手を回して少し強引に胸に引き寄せた。
その時、あいつの襟元から、日に焼けてない白い肌が目に飛び込んできて、焦って・・・思わず余計な力を入れちまった。

「イタッ」
「わ、悪い」

お、女って・・・こんなに柔らかいんだ・・・

「天真くん、私ずっと・・・・」
「あかね、俺お前のこと」

あったかい・・・・手のひらから体中に・・・あかねの体温が伝わってくる。

「ずっと・・・」
「今度は絶対・・・・お前を守ってみせるから」

あ?なんだ?頬がくすぐったい・・・・なんだ睫毛が当たってるのか。

「天真くん・・・会いたかったよ」
「あかねっ・・・勝手にすれば、なんて・・・もう、言わないでくれ」


駄目だ、俺・・・・
どうしていいかわかんねえ・・・・
キスって、キスって・・・こ、これでいいのかよ?






「ごめん・・・・」


・・・・・俺は結局あいつにキスできなかった。

だけど・・・
あいつの・・・・あかねの心臓の音を初めて聴いた。
そして思わず、愛している、そう言いそうになった。







「これがリゾート!?」

・・・・


「ねえ、天真くん・・・ここって・・・・」
「それ以上言うなよ・・・わかってんだから」



あれから俺たちは残りの夏休みを毎日一緒に過ごした。

海に行きたいと言い出したのは、あいつだった。
もともとそういう約束だったから、俺はもちろんOKした。
OKしてしまった・・・・・だって・・・
あいつの行きたい海が・・・俺のバイト先の『リゾート』だとは思わなかったんだ。



「ねえ・・・本当にここなの?」
「なんだなんだ、その不満そうな顔は」
「だって、ここ」
「せっかく連れてきてやったのに、その態度はなんだ!」


あいつはこの海に来てからずっと、ふくれっつらをしてる。
あいつに言わせれば俺のほうこそ不貞腐れているのだろうが。


「だって、いくらシーズン外れだって言っても」
「なっ、なんだよ」
「これって・・・・リゾートなの?」
「・・・・・・いっ、いろいろあるんだろ、きっと・・・」


しばらく黙って海を眺めていたら、あいつが笑い出した。
俺も妙におかしくて、あいつに釣られるように笑い出してしまった。

「んーー。まあいっか」
「だな」


そうだ。今年の夏はもう終わっちまうけど、俺達には来年も再来年もその先だってある。俺達は、これからもずっと新しい思い出を作っていけるんだ。


「ねえ天真くん、来年もさ、絶対一緒に来ようねー」
「ああ、もちろんだ」

ああ、もちろん一緒だ。

俺は余裕な態度であいつにそう言った。もちろん真剣に。
あいつの目をちゃんと見つめて、そう言った。
自分で言うのも何だが、その時の俺は少しカッコよかったと思う。
この夏、俺は少しだけ大人になった・・・はずだ。
そのはずなのだが・・・心の奥では・・・あいつの胸が気になって仕方なかった。
焦っていた。
俺が贈ったあのペンダントが光る・・・白い胸元に、俺は焦っていた。




END