CALL ME



「オスカー様、それでは先に休みますね」

 彼女のその声に、俺は「ああ」と、声を出すのが精一杯だった。

 早く行ってくれ、今すぐに俺の目の前から消えてくれよ、お嬢ちゃん。なのに、お嬢ちゃん、君はいつも下から覗き込むように俺の顔を見て
そうさ今夜もまた、俺の瞳をじっと見つめて微笑むんだろう?無意識なのか?それならいっそう性質が悪いぜ。


「オヤスミナサイ、オスカーサマ」


 だけど君はそれだけ言うと、振り向くこともなく自分の部屋へと階段を登っていった。
 不意に告げられた言葉に、俺は伸ばしかけた右手を降ろすこともできないまま、その後姿を見つめていた。
その影が消えてもまだ見つめていた。

 そうだ、ただ見るだけ・・・いくら君を抱こうが、奪おうが、君は俺を見たりはしない。
だから俺が君を見つめているだけ・・・・それだけが今の俺に許されていることの全てだ。





 昨夜もまた彼女を抱いた。

 深夜、彼女の部屋の前に立つ。
 誰にも見られていないことを、しつこいほどに確認して、ドアを二回ノックする。

 旅の途中から、何度となく繰り返された儀式。だが彼女からの返事が返ってきたことは一度だってない。何の返事もない・・・それこそが、彼女からの返事だった。
 だから俺は「いるんだろう?お嬢ちゃん」と、わざと乱暴な声を出しながらドアを開ける。
 もしかしたら、誰もいないんじゃないか?と心の片隅で思いながら。
心の奥底で、彼女がいないことを願いながら。だが、その期待はいつも裏切られる。彼女はいつだって、ベッドに腰掛けて俺を待っていた。

「来てくれたんですね、オスカー様」
「ふっ、来ないだなんて思ってもいないんだろう?お嬢ちゃん」

 少し苛ついた声を出しながら、俺は近づいて彼女の細い顎に指をかけ、その顔を、永遠に騙されていたいほどの嘘を付くその瞳を自分に向けさせる。

「さあ、今夜はどうしたいんだ?」

 彼女の頬が暗い部屋の中で、紅く染まり始めた、だがそれ以上に俺の身体の中では慌しいほどの変化が起きている。
そして既に高まりつつある俺をじらすように、彼女は細い指を俺の足の中心に伸ばすと、膨らみを確かめるように少しずつ触れては離れる。

「オスカー様はどうしたいの?」

 彼女は、うっすらと微笑みながら俺を見上げた。
 そうだ、その顔がいつも俺を囚えて離さない。

「上等だ、お嬢ちゃん・・・・」

 自分の声がひどく震えているような気がして、それを悟られたくなくて、強引に彼女の頭を自分に引き寄せた。

「まずは、その可愛い口で楽しませてくれよ」

 彼女は俺の言葉を待っていたのか迷いもなく頷くと、腰に細い腕をからめてきた。
 ただそれだけのことに、ましてや自分からそうさせたくせに額に汗が浮かんでくる。背中に焼印を押されたような感覚に身体の芯がビクビクと震えて、それが全身に伝わってしまいそうだ。

 ジッパーを降ろそうとする彼女の指に、その先の行為を想像しては
すぐにでも、押し倒してメチャクチャに突き上げたい欲望に駆られてゆく。
 だが、俺はその思いを無理やり押し殺すと、自分の股間を這う指を掴みあげることで彼女の動きを静止させた。

「おっと、ストップだ」

 彼女は眉間に、微かな皺を寄せ、どうして?とでも言いた気な顔をした。

「誰が手を使っていいと言った?」

 ・・・こんなことが言いたいわけじゃない。

「えっ・・・」

 彼女の顔が一瞬こわばる。

「口でやるんだ、お嬢ちゃん・・・・・さあ、早く」

・・・・だけど君は命令されるのが好きだろう?

 これから自分がする行為に羞恥心を刺激されたのか、彼女は目をギュっとつぶる。それでも器用に、ジッパーの先を唇に挟むと、スーッと下へと降ろしてゆく。

「オスカーさま?」

 ジッパーをすっかり下ろすと、ゆっくりと顔をあげ、俺を覗き込むように下から見上げる。その顔には、笑みすら浮かび、焦らしているつもりが自分の方が焦らされていることに慌てた。
 彼女は俺の命令を待っているのか?いいや違う、彼女はいつだって俺を弄んでいるんだ。
 たとえ、それが彼女の意思ではなかったとしても。

「・・・お嬢ちゃん・・・」

 思わず声が掠れる。それを面白がるかのように、彼女は小さく笑うと、怒張した俺自身の先端に尖らせた舌を這わせ、またすぐに離した。
たったそれだけの行為に堅く握り締めた両手に力がはいり、指先が白く染まってゆく。その間にも、彼女の舌はくびれた部分を執拗になぞった。その度に、既に意思を持ち始めた俺自身は脈打ち、幾度となく繰り返されるその舌の動きに思考は溶かされてゆく。
唇を強く噛み締めることで、かろうじて声をあげることを食い止めてはいたが、そんなことが長く続くはずはなかった。

「・・・・くっ・・・・」

 堪え切れなくて、喉の奥から声が漏れた。
 その声が聞こえたのか、先端の割れ目に指を伸ばすと、そこからこぼれる透明な液を擦りつけ、俺の目をじっと見つめながら、その指を音を立ててしゃぶっては、甘い吐息を落としてゆく。

「や、やめるんだ・・・」

 自分の声のあまりの弱々しさに恥じ入る。
 やめて欲しくなどない。その証拠に俺は自由になる体を彼女から決して離そうとはしなかった。
手を握られているわけでもない、抱きしめられているわけでもない。ましてや、比べるまでもなく力の差は明らかに俺の方が強いはずなのに、それでも、華奢なキミに押しつぶされそうで、自然と目を閉じた。
 自らが作り上げた暗闇の中に聞こえてくるのは、小さな舌による淫らな水音と、その音を耳にするたびに跳ね上がる俺の鼓動。
そして荒い息遣いだけ。
 頭の中で彼女の指がどこを這うのか、次はどこなのか、いくら想像してみても、現実はそれを遥かに超え、予想もしない快感を絶え間なく与えられてゆく。握り締めた手を動かすと、不意に柔らかな髪に触れた。彼女の痛みすら考える余裕もなく地肌ごと指に絡め、そして掴みあげる。
それをどう受け取ったのか、彼女はいったん俺から口を離すと、汚れた口の周りを舌でぬぐい、もう一度、今度は奥まで咥えこみ、唇で扱きあげる。
 温かな口内に蠢く舌が俺に纏わりつき、柔らかな唇は強弱をつけながら締め付け、その繰り返しに思わず達しそうになって・・・これまで以上にきつく瞼を閉じた。

 ・・・助けてくれ・・・そんな言葉が頭をよぎった。

「お嬢ちゃん・・・君は・・・君はどうしたいんだ・・・」

 彼女の頭を掴んでいた手に力を込め、自分自身から引き離した。
 彼女の望みなら、何だって聞いてやる。彼女が手に入るならば、惜しいものなど何もなかった。

「抱かれたいんです」

 そう一言、彼女は弾んだ息を隠しもせずに呟く。

 抱かれたい?何言ってるんだ、抱いているのは君のほうだろう?

「抱かれたい、俺にか?俺に抱かれたいのか?」

 『抱かれたいんです』・・・もう、何度同じ言葉を聞いただろう。そして俺も、何度同じ言葉を口にしただろうか。
 だが彼女は決して俺への返事を言葉にしようとはしない。ただ黙って頷くだけ。
 それでも聞かずにはいられない・・・繰り返さずにはいられないんだ。

 たとえ、それが今だけであっても俺を求めてくれればいい。
 それで全てを失ってもかまいはしない。

「お姫様のお望みどうりに・・・・」

 彼女の耳元でそう囁くと、俺はすぐさま彼女を貫いた。

「っっ・・ああっ・・・・・くっ・・・」

 搾り出すような声を上げて、腰を押し付けてくる。一度たりとも触れてもいないのに、彼女のそこは既に潤って、俺をきつく締め上げてゆく。
 細い腰を掴んだまま、乳首へと舌を這わす。軽く噛むと彼女の声が一層大きく響いた。足を大きく開かせて、その上に体を押し付けて行儀の悪い魅力的な脚の動きを封じる。導かれるように更に奥へと突き上げ、ぎりぎりまで引き抜いては声のあがる箇所を執拗に擦り上げた。

「はっ・・・・んっ・・・・あぁぁ・・・」

 俺の動きに合わせるように、彼女の身体が上下に動く。その度に甘い悲鳴をあげては、俺の背中に腕を回してきつく抱きしめてくる。組み敷いているはずの彼女に逆に抱かれているようで、頭の中が真っ白になり、彼女の肩を両手で掴みながら無我夢中で突き上げた。

「っ・・・お、お願い・・・・っ・・ああっ・・・」

 目を閉じたままの彼女が途切れ途切れに叫ぶ。

「お願い・・・・アンジェって、アンジェって呼んでください。お願いっ・・・」

 彼女を愛している。彼女のためだったら何だってしよう。
 だけど、アンジェ・・・・君は・・・もし、俺が君の名を呼んだら、
その閉じられた瞼の裏に、俺ではない誰かを想うのだろう?

 君の望みなら何だって叶えてやりたい。

 だけど、アンジェ・・・・

 俺は一瞬力を緩めた腕に再び彼女を強く抱きしめると、その言葉ごと奪い取るように口づけた。






「オヤスミナサイ」

 そう言って、自分の部屋へと歩いていった彼女の後ろ姿がいつまでも頭に焼きついて離れない。
 何を考えても、どこを見ても、俺の中の彼女が笑いかけ、囁きかける。無意識のうちに俺は自分の足の中心に手を這わせていた。沸きあがる欲望にまかせて握り締め激しく手を動かすと、快楽とも苦痛とも呼べる声が抑えられずに部屋に響く。

 ああ・・・・アンジェ、アンジェ、アンジェ・・・・
 いつだって俺の心は君の名を叫んでるんだ。

 アンジェ・・・本当はいつだって、君の名を呼びたい。呼び続けたい。だけど、いくら君を抱こうが、奪おうが、君は俺を見たりはしない。
だから俺が君を見つめているだけ・・・・それだけが今の俺に許されていることの全て。
 それでもいい、今はそれだけでいい、彼女を見ることが許されるならば。いつか、いつの日か君に心の底から俺を求めさせてみせる。過剰なまでのエゴイストと思われようとも、そのためならいくらでも君を抱く。

「ああっ、くっ・・・アンジェリークっ・・・・・・」

 真っ白になった頭の中に、俺の名を呼ぶ君の声が聞こえたような気がした。だが振り向いても、俺の目に映るのは、ただ音もなく降り積もる雪だけ。

 手の震えが止まった時、初めて俺は、自分の頬に流れるものが涙だとわかった。


 アンジェ、俺が本当に求めているもの・・・・それは・・・それが例えば、真実や、永遠・・・言葉にしてしまえば、すぐに消えてしまいそうな感情だとしても、それでも俺は君にそれを求めて、それを知りたくて、きっと毎晩、君の部屋に行くんだろう。




 彼女の部屋のドアを2回ノックする。いつだって返事はない。
だけど、彼女はきっと待ってる。だって俺を救えるのは彼女だけなんだ。

 狂ってるか?そうかもしれないないな。けど、狂っちまうほど君を愛してるんだ。助けて欲しいアンジェ・・・・


 俺を救えるのは、アンジェリーク・・・・君だけなんだ。


 だから今夜も俺は君のドアをノックする。

 そして・・・・・今夜も君を犯すために、君を抱く。






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