smile





コートを着てくるべきだったか・・・



少しの後悔に背中を押されて、俺は足早に街を歩いた。
いわゆる式と呼ばれるものに向いてない人間だと、思う。
だから入学式の日と同じように、卒業式の今日、俺は学校へ行くつもりは最初からなかった。


入学式か・・・もうずいぶんと昔のような気がする。

あの日は確か教会で時間を潰そうとしたっけ。そうだ、一人になりたくて。
俺は、ただ一人になりたかった。もう誰にも煩わされたくなかった。
だけど一人の寂しさが、苦しいってことも、よく、知ってた。



「俺は、ここで入学式・・・・」

あんなこと言ったのも、心のどこかで、一人の寂しさから目を背けたかったからだ、きっと。

そして結局、この3年間、いつだって一人じゃなかった。
いつだって気が付けば、 が隣にいたんだ。
だけど、俺に付き合うなんて、あいつもおかしな奴だ。

帰り道でいつも俺を待ってたっけ。そんな時は神妙な顔で誘ってくるんだ。

「別にかまわない・・・」

俺の言葉に、いっぺんで笑顔に変わるあいつの顔が好きだった。
その顔が見たくて、俺はきっと・・・・・



あいつのお陰だな・・・・
本当は一人になんかなりたくなかったんだ、俺。
きっとそうだ。
あいつの笑顔に救われてたんだ・・・・・

あいつの笑顔か・・・・笑顔・・・・

でも・・・ は本当に笑ってたか?
確かに顔は笑ってた・・・・でも・・・俺には・・・・・





「ボーっとつっ立ってられると邪魔なんだけど!どいてくれない?」

見知らぬ女の声にハッとする。今さらながら自分が街にいることに気がついて、焦った。




なあ、 ・・・お前は本当に笑ってたか?笑ってたよな・・・・
だけど俺、どうしてだろう・・・・
お前の顔が泣いてたような気がする。
俺は・・・・お前がいたから・・・・いつだって一人じゃなかった。
でもお前はどうなんだ?もしかしたらお前は一人だったんじゃないのか?



「葉月くん、一緒に帰ろう」
「葉月くん、お茶していかない?」
「ねえ、期末どうだった?」
「モデルのお仕事忙しい?」
「葉月くん、葉月くん、葉月くん・・・・・・・」



似たような制服を着た奴らが前から歩いてくる。
だけど、その中の誰一人、俺に声をかける奴はいない。

「葉月くん・・・」

そう呼びかけてくる相手は、いつだってお前だけだった。
なのに、今、俺にはお前の声、聞こえないんだ。
世界には、こんなにも人間がいて、すれ違って、時には立ち止まって・・・
だけど、お前がいない。
いくら耳を澄ませても・・・・・お前の声だけ聞こえない。
いつだってお前は、俺の一番近くにいたってのに。
・・・・そうだ、お前は俺に笑ってたんだ・・・・いや、笑ってくれてたんだ・・・・
俺、甘えてた。それが当たり前だと思ってた。
そのお前がいなくなったら、俺は・・・・・・そんなのは駄目だ、絶対に駄目だ。




考えるよりも先に、足は動き出して、駅へと向かう制服の群れの中を駆け抜けていた。
睨み付けるような視線にぶつかる。背中に罵声が響く。
俺、途中で転んだのか?どうやって学校まで来たのかよくわからない。
ただ、顔に汗が滲んで、制服は泥だらけだった。
だけど、そんなことは、もう、どうだっていい。
なあ、どこにいるんだ・・・・・俺、お前を笑わせたい。一度くらい俺・・・・
お前はずっと笑ってなんかなかったんだろう?お前は本当は泣きたかったんだろう?

きっと、今、お前は泣いてる・・・・・・・俺が・・・・泣かした・・・・

走り回る俺の耳に、突然懐かしい響きが飛び込んでくる。この鐘の音は・・・・教会・・・・・?

くそっ、どうして気が付かなかった・・・
最初っから教会に来ればよかった・・・・なあ、 、頼むから、そこにいてくれ。



息を切らしながら重たいドアを開くと、暗い室内に一筋の光が射し込む。

・・・・・いた・・・・・・

「おい・・・」

返事が返ってこない・・・近づいて顔を覗き込んでみた。
ステンドグラスの光に照らされた顔は・・・・・もしかして・・・寝てるのか?
まじで寝てる・・・・でも、その寝顔には、やっぱり、涙の痕が光ってた。
このままずっと、寝顔を見ていたいような気もする。
だけど今は、お前を笑わせなくちゃならないんだ。きっとそうなんだ。

「おい、起きろよ」
「んっ・・・・ああ・・・葉月くん・・・どうして?」
「風邪・・・ひくだろ・・・・」
「あっ。えへへ寝ちゃった」

そう言いながら、お前は笑った。でも今の俺にはそれが作り笑いだってわかる。
俺のために笑ったんだって。
俺が見たいのは、そんな笑顔じゃない。
俺のための笑顔なんかじゃなくて、お前の本当の笑顔が見たいんだ。

だけど何て言えばいい?何をしてやればいい?

しかたなく、俺は、黙って、自分の上着をあいつの肩にかけた。

「葉月くん・・・葉月くんが風邪ひいちゃうよ?」

なのに・・・その上着を俺に返そうとする。

「お前・・・」
「ん?何?」
「バカだ・・・お前は」
「え、そ、そんなぁ・・・」

駄目だ・・・・いつだって俺はそうなんだ。
一番大切な時に、真っ白になっちまう。何よりも一番大切な時に・・・・
なあ、どうしたらお前は笑ってくれる?
どうしたらお前は、これからも俺と一緒にいてくれるんだ?
俺は、そういうことわからないんだ。
だけど、もうお前を泣かしたくない。
お前にいて欲しいのは俺のほうだから。

一度全部チャラにできたら・・・・
入学式のあの日からやり直せたら・・・・

そうしたら上手くやれるっていうのか?
だとしたら、今だって・・・今からだって遅くない。遅くなんかない。


「なあ・・・」
「どうしたの?葉月くん?」

多分、俺からこんなことを言うのは初めて、だな。
だけど、きっと本当はずっと言いたかったんだ。きっと・・・・



「なあ、一緒に帰らないか?」



俺はきっと、ものすごく緊張した顔をしていたと思う。
そんな顔をした俺の言葉が、ごく普通のものだったことにお前は驚いたのかもしれないな。
お前は、一瞬黙って俺を見つめると、少しだけ戸惑って、それでもすぐに
「うんっ」・・・って、笑った。


差し出した手を、恥ずかしそうに握るお前の瞳には、涙が光ってるように見えたけど
ギュっと握り返してくる小さな手に、お前が笑ってるって、ちゃんと笑ってるって、わかった。


・・・お前のお陰だな・・・・・・・


俺は、 に聞こえないように、小さな声で呟いた。


この3年間、お前のおかげでいろんなことを知ったよ。
そして卒業式の今日、何より大切なこと、わかった。

明日が、雨だろうと、晴れだろうと、関係ない。
ただ、ずっと、一緒にいたい。それだけでいい。
・・・・・・これが、永遠って感情だってこと。

そして、そう思える相手が・・・ 、お前だってこと・・・・・・・・

やっと、わかったんだ。だから・・・・・



「これからは、ずっと一緒だ」



不思議そうに見上げるあいつに、微笑むと、
俺は繋いだ手ごと、制服のポケットに入れて、それから、ゆっくりと歩き出した。
きっと、どこまでも歩いて行けそうな、ずっと歩いていけそうな
・・・そんな気持ちで・・・少し笑った。







おわり





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