吐息ロマンチック
 今日は大晦日で、一年の終わる日。そしてあと数時間で新しい年を迎えようとしていた。
 ここは近所にある小さな神社の境内。もうずいぶん前から寂れた感のある神社で、今もしーんと静まり返っている。それでも毎年、元旦の朝にはそれなりに人も集まってきているらしい。私と白龍は、あえて人ごみを避けて、大晦日の夜のうちに、お参りにくることにした。
 元旦を避けたのは、こういう静かな場所ならゆっくり話せるかな?と思ったのも理由のひとつなんだけど、ここはあまりに静か過ぎて、逆効果だったみたい。ちょっと話しかけるのも憚られるような感じで、上手い具合に言葉が出てこない。
 白龍と出会ってから初めて迎えることになる新しい年を目前に、私は少し緊張してしまったようだ。それからもうひとつ……私には嫌でも緊張してしまう理由があった。


 ★


「白龍のやつ、悩み事があるみたいなんですよ」

 譲くんから、そう聞いたのは三ヶ月ほど前のこと。
 その時、私は心の中で、やっぱりなって思った。何故ならその頃の私と白龍は、きちんとした会話ができなくなっていたからだ。そしてその状態は今日まで続いている。
私自身も学校の行事や定期試験なんかに追われて、時間がなかったから……そう言えなくもないけど。でも、同じ家に暮らしている間柄の私達には、それはあまり理由にならないような気がする。だって、極端にいえば、私が学校へ行っている時間以外は(もしくは私が自宅にさえいれば)私と白龍は一緒にいられるのだから。
 もちろん、白龍にだって都合はあるだろうし、最近ではこの世界に慣れるためなのか、積極的に外出をしているらしい。それはとってもいいことだと思う。ただ、どこに行ったとか、何をしたとか……私がいくら聞いても、教えてくれないのだ。最初のうちは「教えてよー」なんて、私もふざけて言ってもいたけど、どうも話したくない様子だったから、それ以上はあまり深く追求しなかった。

 そんなことが何度か重なって、簡単に言えば、最近の私達はあまり上手くいっていないように思う。それとなく友達に相談すると、大袈裟だよって笑われてしまうんだけど、やっぱり気になっちゃうんだよね。ほら、だって前の白龍だったら……ちょっと言い方は悪いけど、煩いくらいに何でも話してくれたから。考えたくはないけど、避けられてるのかな?とか、もう私のこと好きじゃなくなっちゃったのかなって思ったりもする。

 だから、私はこの大晦日のお参りをきっかけに、なんとか白龍の心を知りたいなって思っていた。でも、残念ながら、今のところ、それは失敗に終わっている。

 あーあ。上手くいかないな。
 ため息をつきたいような気持ちだったけど、せっかく来たのだからと、私はお賽銭を投げると手を合わせた。こういうところが欲張りなんだよね。え?願い事は何かって?だめ、それは内緒。だって言うと叶わないから。
 そんな私の隣に立っていた白龍は、なんだか神妙な顔で念入りにお祈りしている。「よろしくお願いします」なんて口に出して言いながら、しっかりと手を合わせ、深々と頭を下げたりして。
 この前まで龍神だった人がお参りに来てるなんて、人が聞いたら驚くだろうな。
 それにしても、何をそんなに一生懸命お願いしていたのだろう?


         ★


「ずいぶん真剣にお願いしてたね」
 帰り道、石段を一段ずつ降りながらそう聞くと、隣を歩いている白龍の横顔がこわばった。
「え……」
「だからさっきお参りした時。それに白龍すごい慣れてるみたいだったけど、この神社に来たことあるの?」
「う、ううん……違うよ」
 え?嘘でしょう。すごい慣れてるように見えたもん。
そう言いたいのを、ぐっと呑み込む。
「そうなんだ。私も子供の頃に何度か来ただけで、今日はすごい久しぶりだったんだ」
「……」
 む、無言!ちょっとショックなんだけど!
「そうだよね。あまり面白いところでもないしねー」
 あー……ごまかしてしまった。
 こういう言い方しちゃうのって、我ながら、ずるいと思うけど、それ嘘でしょう? とは聞いたらまずいような、そんな空気を感じた。そして、仕方なく、府に落ちないままで、適当に会話を続けようとしてしまう。
「うん、そうなのかな」
白龍はといえば、私の話なんて上の空って感じで、そうなると私の方も「寒いね」って言ってばかりで。その後は話すこともなくなってしまい、二人して黙々と歩いていたら、早々と家に着いてしまった。とほほだよ。手だって繋いでいない。

 こんなはずじゃなかったんだけどな。

 お参りとはいえ久しぶりにデート気分を味わうつもりだったのに。白龍の方は別にそんな気持ちじゃなかったのかな。
 もちろん、都会ではないから深夜までやってるお店なんてほとんど無いけど、例えばコンビニに寄り道してみたり、ちょっと遠回りしてみたり……とかね。

 そのためにも、少し早めに家を出たんだけど、計画は全部失敗に終わってしまった。結局はどこにも寄らないまま、年も明けないうちに、また家に戻ってしまったのだった。
 白龍はその間ずっと黙ったままだった。


         ★


「ただいまー」
 寒かったよー!と大騒ぎをしながら家に転がり込む。リビングのテレビではまだ紅白が放送されていた。
 本当にただお参りしただけで帰ってきちゃったんだな……

 うちの両親は、大晦日だからといって、朝まで起きていたり、何か特別なことをするタイプではない。今日も既に寝支度を整え、のんびりとテレビを見ている。きっと、紅白が終わったら適当に寝るんだろうな。

 案の定、母親から「冷めちゃうから早くお風呂入りなさい」って声をかけられた。これも普段の日と変わりなし。
「白龍、お風呂先入っていいよ」
「え?あ、うん。わ、わかった」
 私たちは、一応、両親に年末の挨拶をしてから、順番にお風呂に入ることにした。





「はあ……」
 白龍と入れ替わるようにして、お風呂に入る。すれ違う時にかろうじて「神子、お風呂どうぞ」って声をかけてくれたけど、それも何だかぎこちなかった。

 ――私、嫌われちゃったのかなぁ。
 湯船に浸かっていると、そんな考えが頭をよぎった。自然とため息がこぼれてしまう。
 そんな風に思いたくないのは、やまやまなんだけど……悪い方へ、悪い方へと考えるのが私の悪い癖だ。
 考え過ぎだって言われることもよくあるし、それは自分でもわかってるつもり。だけど。最近の白龍の態度を思い出すと、どうしても不安になってくる。
 だってぜんぜん話してくれない。好きって言ってくれない……本当に嫌われちゃった?

 でも、もし、そうだとしたら、白龍はどんな気持ちでこの世界で暮らしているんだろう。今日だって、一緒にお参りに行ったけど本当は行きたくなかったとか?
「ああ、もうっ!」
 打ち消しては浮かぶその考えを洗い流す気持ちで、私は思い切りよくシャワーを浴びた。


         ★
     
「あ、神子……」
「あ――」

 お風呂からあがり、階段を上りきったところで、自分の部屋に入ろうとした瞬間、めずらしく白龍に呼び止められた。
 振り向くと、神社で見た時よりも、もっと神妙な顔で私を見ている。

 私は白龍に「おやすみ」とか「来年もよろしく」とか、そう言おうと思ったのに、その顔を見たら、そんな気持ちは吹っ飛んでしまった。だって白龍の顔は、泣きそうなほど真剣なんだもん。なんだろう。何か深刻な話があるのだろうか。
 も、もしかして私、とうとう、振られちゃうとか!
「……えっと、ど、どっ、どうしたの?」
 力みすぎて、どもってしまった。
「あっ、あのね神子……」
「ん?」
 白龍は私に何か言いたげに口を開くものの、なかなか話をしようとはしない。その姿に、少しの期待と、たくさんの不安で胸が押しつぶされそうだ。今はもう、とにかく何でもいいから言ってほしい気分だ。
「白龍?」
「あ、あのね、神子……あ、ううん、やっぱりなんでもない。あの、ええと、おやすみなさい」
 結局それだけ言うと、白龍は部屋へ入ろうとした。

 あー……また、顔を背けられちゃった。
 実際には「おやすみ」と言われたわけだから、そんなことはないはずなんだけど、私にはそう思えた。まるで白龍に避けられたような気分だった。ううん、これってもう、気分の問題じゃない。何も話してくれない、私の目も見てくれない、どう見たって避けられてるってことだよ。

 悩んでいるみたいですよ、って教えてくれたのは譲くんだ。ってことは、白龍は譲くんには話たってこと?そして、それは私には話せないってこと?
 そう思うと、なんだかやるせない。
 こんなことが明日からもずっと続くのだろうか。毎日互いに気を使いながら同じ家で暮らしてゆくなんて……そんな想像が頭の中でぐるぐると回った。
 嫌だ。そんなの嫌。好きなのに話もできないなんて、そんなの嫌。私はもう龍神の神子じゃない。あの時と同じ辛さにはもう耐えられない。
「待って白龍」
 今度は私の方が、部屋へ入ろうとしている白龍を呼び止めた。
「神子?」

 ――私のことどう思ってるの?今も好きだって思ってくれてる?もっと話がしたいんだけど……

「私……」
 白龍に言いたい言葉はたくさんある。
 それなのに、喋ろうとした瞬間に、鼻の奥がツンとして、喉が詰まったように苦しくなって、結局どれも言えなかった。
 今まで何ともなかったのに。
「神子、どうかしたの?」
「っ、嫌……だ、よ」
「みっ、神子、どこか痛いの?」
「違うっ……そんなんじゃない」
「だって、私の大事な神子が泣いている」
「え……」
 泣いている?
「ほら、涙が出ているよ」
 白龍の指が目尻にそっと触れ、またすぐに離れた。
 前にこうして私に触れてくれたのはいつだっただろう?
いつから私は避けられていたんだろう。一瞬のうちに、頭の中にいろんな白龍との思い出が蘇ってきた。
 どうしてこうなってしまったのだろう?
「ねえ、白龍どうして?」
「えっ」
 私は白龍の服を思わず掴んでしまっていた。
 白龍がびっくりした顔で私を見ている。こんなふうに感情的になったらいけない。きっと余計に嫌われてしまう。だけど、ここまできたからには、もう聞かずにはいられない。
「ねえ、どうして私を避けるの?」
「ち、違う。神子を避けてなんていないよ」
 白龍は辛そうな声で言った。
 一瞬、ここで終わりにしたほうがいいように思った。そうしなさいと頭の中で警告音が鳴っている。
 こんなこと、寒い廊下でいつまでも話していても結論は出ないのかもしれないし、白龍はちゃんと答えてくれている。でも、ここで終わりにできない一番の問題は、私自身がその答えにどうしても納得できないということだ。
「じゃあ、どうして最近ずっと私と話してくれないの?どうして私に触れてくれないの?」
 いつもの私だったら到底言えないことだ。
「それは……」
 きっと私は今、白龍を困らせている。白龍は優しいから、私が傷つかないような答えを考えているのかも。
 やっぱりいい。今の無し!やっぱり駄目。きっと聞いちゃいけないことだったんだ。
「ごめん、白龍、私っ」
 私は咄嗟に、白龍が喋り出すのを止めようとした。
 その瞬間、ドーンという大きな音が鳴り響いた。
 年越しの花火だ。
 振動を感じるほどの大きな音は、河原で毎年打ち上げられる、新年の花火の音だった。
「みっ、神子!この音は何?」
「うわっ」
 花火の音に驚いた(怖がった?)白龍が私の腕にしがみついた。

 あ……

白龍の温度だと思った。
それまで真剣に話していたことも、白龍の嘘も、終わりにできない嫌なムードも、何もかも、この花火の音が吹き飛ばしてくれた。古い年に置いてきてくれたと思った。

「神子、大変だよ、空が光ってるよ!」
 そういえば白龍は花火を知らないんだよね。
 前に、景時さんが花火を作って見せてくれた時、白龍もみんなと一緒に、綺麗だねって見ていたけど、その時のものとは規模が違う。
「怖がらなくても平気。花火だよ。ほら、前に見たことあるでしょう?夜の空に花が咲いたって白龍喜んでたじゃない?それと同じもの」
「そ、そうなの?な、なんだ、じゃあ大丈夫だね」
 まだ花火は鳴り止まない。
 ドーンと音が鳴るたびに、私の腕を掴んでいる白龍の力が強まる。それなのに、口では大丈夫なんて言う。白龍のこういうところって、いつもすごく可愛いって思うけど、男の人に「可愛い」だなんて失礼だなって思うから私としては我慢していたりするのだ。
「この花火がね、年が明けた合図なんだよ、白龍。明けましておめでとう」
「えっ……年が明けた、の?」
「うん、新年だよ」
「……」
 泣きそうな顔で絶句してしまった白龍。
 どうしたことか、無言のまま自分の身体を確認するように手足を伸ばしたりしては、何か小さな声で呟いている。よく聞こえないけど、それはなんだかとても辛そうに見えた。
「神子……」
 いったいどうしたというのだろう?
 さっきまで泣いていたのは私の方なのに。白龍の瞳は今にも涙が溢れそうに濡れている。
「ねえ、いったいどうしたの?おかしいよ白龍」
「神子……本当に新しい年になってしまった?」
 お風呂上りなので腕時計などしていない。
 私は自分の部屋へと白龍を連れて入ると、机の上に置いた携帯電話で時間を確認した。
 十二時を五分ほど過ぎている。表示に多少の狂いがあったとしても、日付が変わっているのは間違いないだろう。
「うん、ほら見て。もう新年になったよ」
「そう……じゃあ駄目だったんだね。叶わなかったんだ」
「何が?あ、さっきのお参りの時の?」
 私の問いかけに白龍は黙って首を横に振った。
私は、白龍が願っていそうなことを思いつく限りあげてみたけど、そのどれにも白龍は首を縦には振らない。
「ねえ、ほんとに何だったの?そんなに落ち込むなんて、心配だよ」
「うん」
「……やっぱり私には言いたくないこと?」
「うん、言いたくなかった。けど、もう年があけてしまったから言っても大丈夫」
 よくわからない。大丈夫ってことは、言いたくないんじゃなくて、言っちゃいけなかったってこと?
「えーと、じゃあ、教えてくれる?」
「うん、いいけど」
「けど?」
「……神子は、大きくなった私でも嫌じゃない?」
「は?」
 ますますわからない。
だって白龍は前から大きいじゃない?そりゃあ、最初は小さかったけど、昨日今日の話じゃないし……

 とりあえず私は、ゆっくりと頷いた。


 ★
  
 
 白龍は相変わらず真剣な顔だ。ベッドに腰掛けている私の前で、正座をくずさぬまま話し出した。
「神子、私の願いは叶わなかったみたい」
「いったい何をお願いしてたの?私じゃ叶えてあげられないこと?」
「うん、多分。きっと無理だと思うよ、だって、私はずっと……小さくなれますようにって、お願いしていたんだ」
 それを聞いた時の私の驚きがわかるだろうか?
 小さくなりたいとお願いしていたなんて、私の想像の範疇を軽く超えている。しかも彼は、なんと今日だけでなく、この三ヶ月以上も毎日、あの神社にお参りに行っていたというではないか!
「お百度参りっていうのがあるって、テレビで見た」
「はあ……」
「それが、ちょうど昨日で百回目だったんだけど……言われたとおりに誰にも内緒にしていたけど、叶わなかったよ」
「そうなんだ」
「うん、そうなんだ。でも、神子は大きい私も嫌いではないと言ってくれたから、もう大丈夫だよ」

 お百度を踏んでいることを口外してはないらないというのは、私も確かに聞いたことがある。だけど、それ以上に私に触れなかったり、近くにこなかったり、そんな風に、よそよそしい態度だったのにも理由があるのだろうか?

「神子……ええと、それは……私が神子に触れなかったのは……触れてしまうとあなたを抱きたくなるからだよ」
 言い終わると同時に、白龍が大きなため息をついた。私は、目を見開いたまま、何をどう言っていいのかわからず、ただただ白龍を見つめていた。
 白龍という人は、本当に純粋というか……言うとなったら包み隠さず全て話そうとするタイプみたい。
私が戸惑っていることなんておかまいなしに話は続いた。
「神子がそれを望んでいないことは知っている。でも、私は、どうしてもあなたを見ると、この腕に抱きしめたいと思ってしまうよ」
「そ、それで私を避けてたの?」
「神子を避けてるつもりはなかったけど……」

 確かに、この世界に来てから、ううん、前からずっと、成長した白龍とは一緒に寝ないようにしていた。
私と一緒に寝たがる白龍には、「大きくなったから駄目なんだよ」って言っていたけど、だけどそれは自分に言い聞かせていた部分もある。
 私だって、好きな人と一緒にいたい。好きな人に触れていたい。だけど、まだ、もうちょっと待たなくちゃいけないって思っていた。 
「でも、私を見てくれなかったのはすごく寂しかった。今日も、手も繋いでくれなかった」
「それは……あなたを……傷つけたくなかったから」
 搾り出すような、その声を聞いて、私は白龍に抱きついてしまった。
「神子っ」
 言葉よりも心よりも先に、身体が動いていた。
 わからない。
 自分がどうしてこんなことをしてしまうのか、わからない。ただひとつだけわかるのは、この人が好きだという気持ちだけ。
 私はずっとこの人が好きだった。そして今も好き。大好き。
「私、傷ついたりしない。だからお願い、私を見て」
「えっ!神子、いけないよ、私はまだっ」
 白龍は自分から私の身体を離そうとして、必死になって腕を伸ばしてきたけど、それでも私は彼にしがみついた。
 温かい身体、温かい心……私を守ろうとしてくれていたなんて。
 私が思うよりもずっと、白龍は大人なんだ。
 大人なんだ……
「白龍……あの」
 しがみついたままで喋る私に、白龍は声を聞こうと首をかしげる。
「神子?」
「あのね、私を……抱いて、ください」
私は思い切り息を吸うと、白龍の胸におでこをつけ、一息でそう言った。
「神子……」

 恥ずかしくて白龍の顔を見ることはできなかったけど、白龍の腕は私を離すことはなかった……


 ★


 白龍の部屋へと入り、向かいあって座った瞬間、今さっきの自分の発言を思い出して、顔がカーッと熱くなった。
 抱いてください、だなんて……
 こんな言葉を言う日が来るなんて思ってもみなかった。
 それに、やっぱり、早いんじゃないだろうか?
 冗談で言ったわけではないのに、いざとなると心が振り子のように揺れてしまう。
 ああっ、もうっ、私の意気地なし!
「神子?」
「はっ、はい!」
 慌てて返事をしたせいか、声が裏返ってしまった。
「神子、心配しなくても大丈夫。あなたの気持ちがわかったから、もう平気だよ」
「は、白龍?」
「だけど今日は一緒にいよう」
 目の前に差し出された白龍の手を握る。その手をそのまま優しく絡め取られ、抱きしめられた。
そして二人で冷たいベッドに入った瞬間に、再びドーンという大きな音が響いた。と、同時に、窓の外に華やかな光の花が咲く。
「改めまして、明けましておめでとう、白龍」
「おめでとう神子。本当に新しい年なんだね」

 ★

「ねえ、白龍、さっきの続きなんだけど、もうひとつ聞いていい?」
「うん、大丈夫」
 私には知りたいことがあった。ごくごく単純な疑問。それは……
「すごい不思議なんだけどさ、白龍はどうして小さくなりたいなんて思ったの?」
 私がそう聞くと、白龍は少し拗ねたような顔をした。
「元の、ええと昔の小さな頃の姿に戻れば、神子を抱きたいなんて思わなくなると思った。そうすれば神子を困らせることもない……それに」
「それに……何?」
「神子はよく昔の私のことを、可愛かった、可愛かったって、いつも褒めているから、だから……」
 そうなんだ、そんなことを考えていたんだ。
「へえー、そうなのかぁ」
私にとっては、今の白龍だって、十分可愛いんだけど、男の子ならともかく、男の人になった白龍に「可愛い」だなんて失礼だと思って、言うのを我慢していたっていうのに。お互い逆のこと思ってたなんて。
「……なあに、なにがおかしいの?神子?」
 私がいつまでも、くすくすと笑っていたせいだろうか、白龍の口調がどこか拗ねたようになっている。
「ねえ、今もまだ小さくなりたいって思ってる?」
 私がそう質問すると、白龍は突然、自分の腕の中にすっぽりとしまうように、私をぎゅっと抱きしめた。そして、少し間があってから、ううん、と小さく首を振った。
「なんで?可愛いって言われたいんじゃないの?」
 いつもの調子を取り戻した私は、少し意地悪かもしれない。けれど、白龍はその上手を行っていた。
「今は、大きくてよかったと思うよ。だって、こうして……神子、あなたを抱きしめることができるから」

 そう言われた途端に意識してしまう。
 この人は大人の男の人なのだと。
 私は今、男の人に抱かれているのだと。
 女の子なら、そう女の子なら誰だって、一度は好きな人の胸の中で眠る時がある。……昔、そんな歌があったっけ。
 その曲を聴いた時の、子供の私が想像した以上に、今の私は幸せで、そして少し怖いような気分だ。
 だって、白龍が話すたびに、その吐息が首筋に、耳朶に吹きかかる。そのたびに私はどきどきして息が止まってしまいそうになる。身体が溶けてしまいそうで、自分が自分でないような、初めての感覚に戸惑ってしまう。
「好き。神子、大好きだよ」
「どうしたの急に」
 私がそう言うと、白龍はそれまでよりもさらに、きつくきつく私の身体に腕をまわしてきた。
「ずっとこうしたいのを我慢していたんだ。ずっと神子に好きって言いたかったけど、神子を抱きしめたくなってしまうから、だから我慢していたよ」 
「私も、白龍が好き。ずーっと好き。だけど、やっぱり私……」
 やっぱり怖いんだ。
 このまま先に進んだら、きっともう戻れない。
「わかっているよ、神子」
 白龍があやすように、私の髪を撫でてくれる。
「だけど、あなたに口づけることだけ、今日は許してくれる?」
 その言葉に私はゆっくりと頷いた。
「ありがとう神子……大好きだよ」
「あっ……」

 さらさらとした髪が額に触れる。
 ゆっくりと白龍の唇がおりてきた。
 私の目蓋も同時に閉じてゆく。

 ちゅっと音がして唇が重なった瞬間、息が止まった。
 ほどなく白龍の吐息が私の中に入り込んできて、私はまた息を吹き返す。
 それは、なんてロマンチックな出来事なんだろう。

 次に身体に触れた時、我慢できなくなってしまうのは、きっと私、そう私の方だ。

 そんな妙な確信を抱きながら、私は白龍の吐息を受け止めていた。
  


 そして翌朝、白龍の腕の中で目覚めた私は、それが、眠るよりもずっと素敵な気分だということを知った。
 ねえ、白龍。あなたも早く目覚めて。私が今、幸せだと教えてあげたいから。




              ―― fin