冷たくしてね。
[後編]
 
「神子、大丈夫?」
「う、うん。・・・平気」

 大人の男、か。
 そう意識した途端に、私を気遣う白龍の声が違って聞こえた。まるで柔らかな布でくるまれるような、そんな心地良さをイメージさせる。
 考えてみれば、これくらい当たり前のこともない。
 彼は、その姿ですら大人に間違いなかったし、その魂は、私よりも誰よりも遙かに長い時を生きてきている。私はそのことを忘れてしまっていたのだろうか。

 見上げれば、私を心配そうな目で見つめる白龍がいた。この人は、私の全部が好きって言ってくれた。・・・私もそうだ。私だって、白龍の全部が好き。意味のわからないことを言ったり、独占欲が強かったり、隠し事が下手だったり、しかもそのことを全く自覚していないところも全部好き。白龍もそうなの?

 キスをされて、ぼーっとなった頭で考えていた。

 私は、白龍が好き。だけど、その気持ちがあるだけで、彼を幸せにする自信がない。
 彼の世界にいた頃は真剣勝負の日々の中で、そんな余計な心配する余裕すらなかった。けれど皮肉なことに、この世界で平和に暮らすようになってからの私は、毎日毎日、不安で押し潰されそうになっていた。本当にこれでよかったのかって。彼は幸せなのかって。ただ好きだという気持ちだけで突っ走り、彼との恋を反対する声にもあえて耳をふさいできた結果がこれだ。
 彼を守ろうだなんて・・・まだ高校生の私は自分一人ですら持て余しているというのに。無理して大人ぶってみても、付け焼刃の包容力はいつも空回りするだけだった。それが返って彼を悲しませていただなんて。
 あなたを守る。そう言われて胸が高鳴ったのはついこの前なのに、泣くほど嬉しかったのに、それなのに私は、白龍の言葉を心の底から信じてはいなかったんだ。もちろん彼の言葉を疑ったことはなかったけど、それでも私の心の全てで信じてはいなかった。たとえ心のほんの片隅だろうとも、砂粒ほどの気持ちだろうとも、白龍に対しての不安を抱いてしまえば、それは信じていることにならないのだから。そして、それを知られたくないからいつも笑ってた。
 白龍は私の本音が見えてたんだ。私が笑えば白龍も笑ってくれたから安心していたのに。でも、今日まで気づかないふりしてくれて、そうやってずっと私を守ってくれてたんだ。

「神子は本当に大丈夫なのかな」
「ほんとに平気だって。なんでー?」

 白龍が一歩近づく。そのまま大きく首をかしげると私の顔を覗き込むようにして、じっと見つめた。うわ、そんなに間近で見ないで!私の気持ちが伝わったのか、白龍はすぐに姿勢を戻した。

「でも、私には神子が平気には見えない。顔が赤い」
「こ、これは恥ずかしいからだもん」
「ふうん。恥ずかしい?おかしいね、神子は」
「えっ、だってやっぱ、恥ずかしいよ・・・だって、初めてだもん」

 私を見下ろす白龍の顔には、なんだか余裕という感じ。
 だって本当に恥ずかしかったんだもん・・・思わずそう言いそうになって、それがまた恥ずかしくて、プイと横を向いた。その途端、頭上からクスっと小さな笑い声が聞こえてきた。

「なによぉ。白龍は恥ずかしくないわけ?」

 白龍は私の顔を見て、少し考えるように首を横にかたむけた。ほら、白龍だって恥ずかしいんじゃないの?

「そんなことはないよ。うん、私は少しも恥ずかしくないよ」
「どうして!」
 
 こんなこと、どうして?と聞かれても困るだろうとは思うけど、もう口から出てしまったのだから仕方ない。それに相手はちっとも困ってはいないようで、神子が好きだからと言ってにっこりと笑った。結局ここでも困るのは私の方なのだ。顔が熱い。今度こそ多分、いや本当に私の顔は真っ赤になっていると思った。

「もう!だからそういうのも恥ずかしいの」
「神子は本当に恥ずかしがりやだね」
「そ、そうかな」
「うん、そうだよ。子供みたい。でも神子のそういうところ、とても可愛いよ。とても好き」

 白龍は私の頭に、軽く手をあてて、撫でるようにすべらせた。髪を耳にかけてくれた時に頬に触れた指はひんやりとしていて一瞬びくっとなる。その冷たさと乾いた指先の感触は、容易に大人の男の人の手を想像させて、すごくドキドキした。子供みたいな私が、大人の白龍にドキドキしていること、わかってるの?

「と、とにかく!」

 私は照れ隠しの大声を出した。きっとこういうところも子供なんだろうな。

「え、なに?」
「早くしないと3時50分になっちゃうよ!」

 その声に表情を変えながらも、私の髪に触れたままの白龍の手。その手をぎゅっと掴み、無理やり手を繋ぐような形にして、ぶんぶんと振りながら、繋いでいないほうの腕の時計を白龍に見せた。時計の針は3時45分を指していて、どこに行くのか何をするのかさっぱりわからなかったけど、とにかくまだ50分にはなっていないことにホっとした。

「本当だ。たいへん急がないと」
「うわっ」

 急がないと、と言いながら既に急ぎ足の白龍に、握っていた手を引っ張られて足がもつれた。 よくわからないけど、やっぱり白龍にとって意味のある時間だったんだ。さっきは、もういいなんて、気が変わったなんて言ってたくせに、今は「わーどうしよう」って顔してる。でも白龍は私に「どうしたらいい?」とは訊かなくて、それが何故か嬉しかった。少し前までの私だったら何よりも先に「どうする?」とか「行ってみようか?」とか、白龍を伺うような言葉をかけていたはず。白龍だってきっと黙って私の顔を見つめるだけ。でも今は違う。白龍に手をひかれ、私はわくわくしていた。

「ねえ、どこ行くの?」
「すぐ近くだよ」

 学校前の坂道をずんずん下ってゆく白龍。その横顔をちらっと見てみる。唇はきゅっと結ばれていて、まっすぐ前を向いた瞳には長い睫のせいで、ごくごく薄く影が落ちている。それにはほんの少しだけ嫉妬。でも、美しい人だと素直に思える。この間切ったばかりの、わずかに短くなった髪が海風に吹かれて、今にもさらさらという音が聞こえそう。潮で髪が痛まないといいけど・・・って、ん?うそ?あれ?もしかして、海?

「ねえ、もしかしてさ」
「だめ。神子には内緒」

 内緒にされようと、例え目隠しをされようと、この道の先には海しかない。それは絶対。生まれた時からここに住んでいる私が間違えるはずなんてないもの。ましてや子供の頃から自分ちの庭のように遊んでいた海岸への道順は、高校生になった今だってしっかり覚えている。
 次の交差点を右に曲がれば、そこからはもう海岸線が見える。なのにそこで白龍は立ち止まってしまった。

「ここ右、でしょ?」
「う、うん。そうだよ。知っているよ」

 白龍が恥ずかしそうに唇をとがらせた。ちょっと意地悪だったかな。

「わー、こっちのほう久しぶりに来たよ」
「そうなの?」
「うん、寒いしね。それに最近は海で遊ぶこともなくて」

 道を曲がった途端に、いっそう強くなる潮の匂い。なだらかな海岸線。昔からよく見た光景。確かもうちょっと歩いてから横断歩道を渡る。ガードレールを越えればそこは背の高い、冬枯れの草がなびいていて、草をよけながら歩くと突然目の前に砂浜が広がる。今は多分まだ・・・波が荒いかな。そんな想像をしながら道の端っこを歩くたびにわずかに、ジャリっと砂の音がした。
 白龍は私の手をひいたまま、私の思ったとおりに歩いていった。長い足で簡単にガードレールをまたいだ白龍はそこで初めて私の手をはなした。

「あ、あ、神子には無理だよね。おいで」

 どうやら私を抱き上げてくれるらしい。ごめん、期待を裏切るようだけど・・・無理じゃないないんだな。私はお行儀が悪いことを承知で、白龍と同じようにガードレールをまたいで越えた。彼のように簡単にとはいかなかったけど。

「あ!」
「えへへ。私も昔から、こうなの」
「ふうん。でも本当はいけないんだよ。ちゃんとしたところから入らないといけないんだよ」

 微妙な間があってから白龍が言った。それって説得力ぜんぜんない。ちょっと不満そうな白龍にかまわずに今度は私が先になって歩いた。

「ねえ、下りるよね?」

 砂浜への最終関門、短い石の階段をぽんぽんと下りてゆく。このへんになるともう足元は砂まみれだった。
 思ったとおりに、波は荒く、砂の上は流木や大きな石が転がっていて、それに混じって空き缶やペットボトルも見えた。そして置きっぱなしにされたカキ氷の看板が砂浜に突き刺さっている。角がへしゃげて、なんだか物悲しい。早春の平日の夕方近くで、サーファーはおろか遊びに来る人もいない寂しい海・・・昔は冬だろうと夏だろうと、何かあればここに来ていた。よく譲くんたちとも一緒に来たっけ。懐かしい光景を思い出しながら時間が経ってしまったと感じた。

「神子、こっち」

 白龍が手招きをしている。
 私は急に我に帰ると、腕時計を見た。白龍は歩き出さない私を不思議がって見ていた。それより時間は・・・3時55分・・・嘘、5分過ぎちゃってる。

「白龍、50分に間に合わなかった、ごめん」

 なんだかがっくりと力が抜けてしまった。別に乱れてもいない前髪を額になで付けながら、私は、もう一度ごめんと謝った。

「ごめん、やっぱり間に合わなかったね」

 だが白龍は一瞬遠くを見ると、うんと頷きすぐに笑顔になった。何を見たのだろう?視線の先を追ってみたけど、そこは岩場になっているだけだ。

「大丈夫。うん、まだもうちょっと大丈夫みたい」
「え?そうなの?50分じゃなくてもいいの?」
「うん、いいからこっちに来て」

 訳の分からない私は、黙って白龍の後をついていった。さっき見ていた方向に向かってどんどん歩いてゆく。時々振り返っては私を見る白龍に、その隣に並んでもよかったけど、私はあえて二三歩後ろで、彼の背中を見ながらついてゆくことにした。
 砂に足をとられて思いのほか歩きずらい。こんなことならスニーカーをはいてくるんだった。それにしてもどこまで行くんだろう?ここから先は岩場が続く。そのため幼い頃から行ってはいけないと言われ、またそこに足を踏み入れたいと思ったこともなかったけど、ただの岩場じゃないの?

「神子、大丈夫?もうすぐだから」

 危ないからと差し出された白龍の左手を取る。ごつごつした岩場をおそるおそる歩く私とは対照的に、白龍はまるで自分の部屋のように自由に歩いてゆく。それほど高い場所でもないのに、コロコロと小石が転がる音がするたびに自分まで転んでしまいそうで、心臓がドキドキした。

「ほら、ここだよ」

 少し大きめの岩を乗り越えると、そこはむき出しの岩肌に、まるで洞窟を一回り小さくしたような横穴がぽっかりと開いていた。こんなの見たことない!

「なっ、何これ!」

 思わず叫んだ。白龍はその穴に入ろうとしている。私も慌てて追いかけた。
 彼の頭がつかえるかつかえないかギリギリの高さしかない入り口、中に入っても大きさはあまり変わらないみたいで、ためしに腕を上げてみたら、指の先がゴツゴツとした岩の天井をかすめた。そして、暗闇を予想していた穴の中はちょうど上手い具合に夕陽が差し込み、その周囲だけが丸く照らされていた。
 こんな秘密の洞窟があったなんて・・・

「ここを神子に教えたかったんだ」

 白龍がくるりと振り返り、私を見つめる。

「それから、これ、一昨日はもっとたくさんあったんだけど・・・ほら手を出してみて」

 そう言って差し出された両手がキラキラと光っている。なんだろう?言われるがままに私も両手を出した。

「冷たい!」

 私の両手に置かれた物、それは解けかかった雪だった。今にも解けてくずれそうな雪に夕陽が反射してキラキラと光る一筋の線に私は見とれていた。

「白龍・・・これ、雪だよ。なんで?どうして?」
「わからないけど、前はもっとたくさんあったんだ。少し前に見つけて、とても綺麗だったから神子にもどうしても見せたかった」

 白龍がこの場所を見つけたのは偶然だと言う。つい一昨日までは今私たちが立っているあたりにも雪が薄っすらと積もっていて、その一面に夕陽があたる様子に感動したらしい。

「それに譲が、今日は好きな人に、ええと、マシュ、マロ?をあげる日だと言ってて」
「マシュマロ?ああ、ホワイトデーのマシュマロね」
「うん、それ。でも譲は意地悪だよ。どこにあるのか教えてくれなかった」
「それで、これなの?」
「そう、だって白くて柔らかくて、冷たいとは言っていなかったけど」

 譲くんとそんな話してたんだ。ちょっとビックリ。でも白龍だって雪くらい知ってるはずなのに?なんでマシュマロを探して雪になるのだろう?

「もしかしたら、神子の世界では雪のこと、そう呼ぶのかと思った。でも、雪は甘くはないね」
「そうだね、私も前に食べたことあるけど甘くはないかな」
「私も食べてみるよ」
「え!でも、お腹壊すんじゃ・・・」
「だって、この雪はとても綺麗。きっと大丈夫」

 白龍が私の両手を下から包むようにして持つと、私の手のひらへと顔を寄せた。指先に白龍の舌が触れる。解け出した雪の冷たさと、白龍の舌の熱さに頭のてっぺんを掴まれたような、さっきキスされた時と同じ感覚が私を襲った。心臓がドクドクとして・・・靴の中で足の指がギュっと丸まってゆくのが自分でもわかった。

「は、白龍・・・」

 私の手の雪はとっくに無くなり、今は白龍の熱だけを感じる。

「白龍・・・」
「ん?」

 どうしよう、なんだか変だ。私、もう一度キスがしたい。
 白龍の両腕を掴む。どうしよう。恥ずかしくて顔を見ることができなくて、私は下を向いたまま思い切って白龍に告げた。

「あのね、キ、キス・・・して」

 いざとなると声が震える。いつだってそうだ。

「キス?」

 なのに、白龍はぽかんとした顔で私を見る。わからないの?それとも嫌なの?

「うん、あの・・・さっきしてくれた・・・じゃない?」
「あ、この世界ではキスというのだった」

 よかった、わかってくれた。優しい表情の白龍が私の肩に手をかけ、自分の胸へと抱き寄せる。さっきと同じだ。この後は確か頬に唇が当たって・・・そう予想していた私の耳元で急に白龍の声がした。

「キスして欲しいの?」

 どういうこと?さっきと違う!何がどうなってるの?仕方がないので曖昧に答えた。

「え、う、うん」
「よかった」
「え!」
「私もキスがしたい」

 頭を支えるように首の付け根に手が回されて、目の前に白龍の顔が見えた。だめ!目を開けてなんていられない。
 目を閉じるとすぐに白龍の唇が私の唇に重なった。キスしてるんだ。二回目のキス・・・あれ?でも・・・さっきのと少し違う。
 白龍?と言おうとして開いた唇に、滑り込むように白龍の舌が入ってきた。冷たい。私の舌先に白龍の舌先が触れた瞬間そう思った。さっきまでずっと雪を食べていた白龍の舌はまだ冷たいままだった。
「んんっ」
 体中が熱くなっているような気がして、熱を逃そうと息を吐くと、どうしても声が漏れてしまう。いつの間にか、白龍の舌までも私の熱で包んでしまったようで、触れられた場所全てが熱くなっていた。
 
 気がつくと、周囲から光は消え、すぐそこまで闇が降りてきていた。私たちはキスが終わってもずっと抱き合っていて、本当はまだもう少しこうしていたかったけど、もうそろそろ帰らなければならない。

「白龍・・・暗くなってきたよ」
「あ、早く帰らなければ!」
「白龍、私ね」
「なあに?」
「あのね、白龍のこと、すごい好き」
「違う。すごい好きなのは私の方。神子は時々好きくらいでいいの」
「え、どうしてー?」
「どうしてでも」

 どうしてでもって子供みたい。そう言うと、子供なのは神子の方と言い返された。もうどっちでもいいや。
 その後、私は白龍にせかされて、岩穴から出た。あとは元来た道を戻るだけ。私たちは家までの道をずっと手を繋いで歩いて帰った。
 あ、だけど3時50分って一体なんだったんだろう?

「ねえ、白龍。なんで3時50分なんて言ったの?」
「ああ、それは」

 たどたどしい白龍の説明を聞いて私はビックリした。
 だって・・・

「それは、ええと、その時間が一番あの穴に入りやすいから。それより前だと入れるんだけど、中は真っ暗で、それに神子も学校があるし。だけどあまり長くいると潮が満ちてきてしまって今度は出られなくなってしまうから、3時50分くらいがちょうどいいと思った。この時間だと太陽の位置もちょうどいいんだよ。でも今日は潮が満ちるのが少し遅くてよかったね」

 じゃあ、あのままゆっくりしてたら私たちは今頃、海に沈んでたってこと?

「や、やだ!もしかしてさっきも危なかったんじゃないの?」
「うん、でも大丈夫だったよ」

 そりゃあそうだけど。
 仕方ない、今度からはしっかり内容を聞いてからついていこう。

「ほんとにもうっ」
 
 私は白龍の手を思い切り握ってやった。







 家に帰った私たちを待ち受けていたのは、渋い顔をした譲くんだった。
 そうだ、譲くん「帰りに先輩の家に届けます」確かそう言ってたっけ。わーい手作りのマシュマロだ!

 「先輩!それに白龍も、遅かったですね」

 私は、適当にごまかしながら、待たせてしまったことを譲くんに謝り、とにかくリビングにあがってもらった。
 
「はい、これ・・・毎年同じものなんですけど」
「わ、嬉しい!譲くんのマシュマロ大好きだよ。今、紅茶いれるね」
「でも、俺すぐに帰りますから」
「もう少しくらいいいでしょう?」

 白龍が私と譲くんとを交互に見ては不思議そうな顔をしているのが気になったけど、私は席を立った。
 三人分のカップに紅茶をいれ、こぼれないように気をつけながらリビングへ戻ると、予想通りというべきなのか、二人が声を荒げて何事かを言い合っていた。

「何言ってるんだよ、白龍!」
「だって本当だよ」
「どうしたの、二人とも」
「神子!」
「先輩!」

 ・・・二人して私を見ないでよ。

「譲はおかしいよ。だってマシュマロは神子のことだよ」
「だから意味がわからないって言ってるだろ、マシュマロはお菓子なんだよ」
「でも、譲は言ったじゃないか、白くて柔らかくて、甘いって」
「ああ確かに言った。だけどどうしてそれが先輩なんだって聞いてるんだ」

 すごく嫌な予感がする。そしてこの予感は多分、当たると思う。

「だって、神子は甘かったよ」

 譲くんが固まってしまった。た、多分、彼は少し違うこと想像してると思う。私と白龍が今日したことよりも、もう一歩大人のあれこれを。
 はああ。私は小さくため息をついた。
 にこにこ笑っている白龍に、苦笑いを返して、それから何とか誤魔化して譲くんに納得してもらった。

「じゃあ、お邪魔しました」
「うん、なんかごめんね、待たせたあげくに・・・こんなで」
「いえ、いいんです。あ、あれ?」

 譲くんが私の顔をじっくりと見た。なんだろう?

「あ、先輩、こめかみのところ、下駄箱でぶつけたところ赤くなってますよ」
「え、本当?」
「やっぱり痛かったんですね。今夜は冷やしたほうがいいですよ」
「あ、神子!私が冷やしてあげるよ」

 譲くんは盛大なため息をつくと、まあどっちでもいいですよと言って帰っていった。
 私は私で、そこが冷えることは無いと思った。だって、白龍が触れるところは全部熱くなるってもう知ってしまったんだもん。だから「冷たくしてね」なんて言ったところで、白龍を困らせるだけだろう。

 はああ。私は譲くんに負けないくらいの盛大なため息をついた。

 今夜は少し離れていよう。
 白龍は文句を言うかもしれないし、喧嘩しちゃうかもしれないけど、もうそれも怖くない。
 きっと、たまにはこれくらいで丁度いい。
 すぐに熱くなっちゃうから、時々こうして冷たくしてあげる。






[ 了 / 冷たくしてね。 ]