タイムリミット |
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| 冷え切ってしまった手に、ハァーっと息を吹きかける。手袋をし忘れてきたと気が付いたのは電車に飛び乗った後だった。しかもギリギリセーフ。この電車を逃したら遅刻は決まったようなものだから、間一髪で乗り込めた時は思わず安堵のため息をもらしてしまった。 こんな日は周囲の視線が気になって仕方が無い。「無理なご乗車はおやめください」という駅員さんのアナウンスが、今日ほど身にしみた日もない。 週のはじめから、いや、週のはじめなのに寝坊した私が悪いといえば悪いんだけど、だけどそもそもの原因はあの人・・・白龍のせいなのだ。 その白龍は、きっと今頃は私の母とお喋りしているか、それとも買い物に付き合っているか・・・どちらにしても、私が留守であろうとも我が家に上手く馴染んでいるから驚いてしまう。 思えばあの日が全ての始まりだった。 この世界に連れては来たものの、住む場所も仕事も、まったく何も無い状態の白龍・・・・・・そんな彼を我が家に連れて帰ってきた時、白龍には「平気だよ」なんて笑って見せたけど、実のところは、この先のことが不安で不安で仕方がなかった。でもどうしたことか結果は良好。これって、龍神の加護ってやつなの?まさかね・・・でも、もしかしたらそうなのかも。だって、時空を超えた?元は龍神?そんな話、真に受ける人間なんているとは到底思えなかったから。 けれど、その点においてはうちの両親は少し変わっていたのかもしれない。 私の話も白龍の話も、それと私のほんの少しの嘘も・・・全て聞いたうえで、私達を信用するとの結論を出してくれた両親には感謝してもしきれない。 ありがとう、そしてごめんなさい!あなたたちの娘は実は彼に恋をしているのです。 車内の暖房にまどろむこと約30分ほどで学園の最寄り駅に到着する。 降りればすぐにまた北風が容赦なく吹き付けてくる。駅からは徒歩15分。昨夜の気象情報の受け売りでは、低気圧だか寒冷前線だか知らないけれど、あまり好きになれないものがこの地域に停滞しているとかで今日はこの冬一番の寒さなのだそうだ。あらためて私は自分の指先に息を吹きかけた。 こんな時、白龍ならば、すぐにでも自分の両手でもって私の両手を包み込むことだろう。「大丈夫、ほら、こうすれば寒くない。ね?」とか言いながら。 そう、白龍の言うことはいつでも正しい。正しいけれど、それ故に照れてしまう私を白龍はいつも不思議そうな目で見つめる。「神子、どうしたの?顔、赤くなった。具合、悪い?」なんて真顔で言われると、いかに私が自意識過剰なのかを思い知らされるんだけど、そうは言っても昨夜ばかりは、とても冷静ではいられなかった。 「神子・・・・・・私、病気になってしまった」 突然の白龍のこの発言。なんだってこの人は、いつだって私を驚かせるのだろう。 ほんの数分前までは「土曜日と日曜日が一番好き。神子とずっと一緒にいられる」なんて言いながら私に纏わりついていたくせに。 「あ、違う。一番好きっていうのは神子。それに土曜日と日曜日じゃ二つになってしまう。一番とは違う?二番?」と、微妙に答えにくい質問までして私を困らせていたくせに。なんだってそんな大事なこと今まで黙ってたの? 「え!どうしたの白龍?どこか痛いの?いつからなの?急に?」 「うん」 「うんって、どうしたの?さっきまで元気だったのに」 矢継ぎ早に質問する私。そんな私を白龍は初めて見たのだろう、しばらく固まっていたが、不意に口を開いた。 「えっと、神子・・・・・・何から答える?」 そうきたか・・・。 「じゃあね、いつからなのか教えてくれる?」 「うん、ええっと、ごめん、よくわからない。でも、前にも同じ感じあったよ」 「どこか、痛いの?」 「うん、このへん」 そう言って白龍は、自分の心臓のあたりを押さえながら神妙な顔をした。 「え、心臓?胸?このへんが痛いの?大変、すぐに病院いかなきゃ!」 「病院?・・・・・・神子はそんなところ行かなかったよ。どうやって治したの?」 「私?なんで?だって私、心臓が痛いなんて、そんな病気になったことないよ」 「ううん、あるよ。あったよ。うん、少しだけ前に、前の世界にいた時。その時、神子は病院なんて行かなかったよ、それに・・・・・・」 考え込む私をよそに白龍は話を続けた。 「これは病気だけど病気じゃないんだって。前に、神子が苦しんでた時に、弁慶が言ってた。すぐに治るって。こういうの、恋患いなんだって」 「あ・・・・・・」 弁慶、という名を出された途端に私の脳裏の当時の記憶が蘇ってきた。 恋患い――― 鎌倉で、私が封印する力を失ってしまった時。神子でいられなくなるかもしれない、そう知った時。その時に初めて、私は白龍への自分の気持ちに気が付いたのだった。 気が付いてしまえば、会いたいと、顔が見たいと思ってしまえば、それはすぐに恋になった。そして恋しいと思ってしまえば、あれほど見たかった顔を見るたびに胸が痛んだ。 たとえ神子でなくてもいい。封印の力なんていらない。それでも白龍と別れるなんて絶対に嫌だと思った。白龍と一緒にいられるのならば、この戦がいつまででも続けばいいと思った日さえある。恋とはこんなにも簡単に歴史の結び目をほどいてしまうのだ。 そんな私を白龍は心配して、事あるごとに私の前に顔を見せてくれた。皮肉なことに、恋しい相手の顔を見るたびに私の胸は痛み、仮病を使っては布団に臥せっていたっけ。 白龍は何も言わなかったし、私も何も言わせなかった。ただ悲しい顔をして部屋を出てゆく白龍の姿を、見ないふりをすることしかできなくて。忘れよう、もうやめようと、もがけばもがくほどに、白龍を好きでいる自分を思い知らされる日々だった。 きっと、白龍はあの時、弁慶さんに相談したんだろうな。そして案の定、弁慶さんにはお見通しだったって訳か。 あの後すぐに、白龍は私を神子として選んでくれた。それで私の恋に決着がついたわけではなかったけれど、それをきっかけに、再び前を向いて歩き出した。きっとそんな私を見て、白龍は私の病気が治ったのだと思ったんだ。 本当に治ったのは、もっと後なんだけどね。まあいいか。 「ねえ、神子?神子はどうやって治したの?」 どうやってって ―――それは、白龍が私に恋をしていたって言ってくれたから、白龍の願いは私だと、私をずっと守ると言ってくれたから――― でも、そんなこと恥ずかしくて言えないよ。 「そ、そうだね。んー、そういうのは寝れば治っちゃうかもよ?」 「そうか!そうだね。うん、神子もずっと寝ていたね」 「・・・・・・確かに。白龍の前ではずっと寝てたね」 「うん、寝ていたよ!私も寝るよ。きっと明日には治っているね。さあ神子、寝よう寝よう!・・・・・・あれ?神子?どうしたの?寝ないの?」 寝よう寝ようと言って、白龍がもぐりこんだのは私の布団だった。「一緒に寝るつもり?」と聞くと、「だって神子と一緒にいたほうが、きっと早く治るよ」と、無邪気に私の手を引っ張った。仕方ない、今夜は特別だ。 「今夜だけだよ?」 部屋の電気のスイッチを消して、白龍が先に寝てしまった布団へとそっと入る。なるべく体を離すように・・・・・・と、途端に白龍が私の体に抱きつこうとした。 「は、白龍!」 「神子、私の神子・・・・・・好き、大好き。神子はいつもあたたかい気で私を包んでくれるね」 好き、大好き・・・・・・私だってそう。白龍の言うことはいつだって正しい。 でもね、私達まだこんな風に近づいちゃいけないの。 タイムリミットが切れるまで・・・・・・あともう少し待ってね。 私は、そっと白龍から体を遠ざけた。白龍は少し戸惑ったようだけど、私の考えていることがわかったみたい。 「神子、早くこの世界で生きていけるように頑張るからね。神子のお父さんとの約束だから」 「うん、私も応援するね」 白龍が我が家に暮らす条件として、私の父は一つの制限を設けた。それは私が高校を卒業するまでの2年の間にこの世界に慣れること、そして自分の足で歩いてゆくこと。 そんなことできるだろうか? 私と同じように、父もまた白龍に対して不安を持っていたようだ。けれど、それでも挑戦をしてほしい。そんな思いから、あえて2年というタイムリミットを白龍に課せたとは、次の日に母が教えてくれた。 「神子、ありがとう。本当に大好き、神子。頑張って早く神子を私のお嫁さんにしたいよ。私の願いは、神子、あなただ。あなたを幸せにすることだから」 白龍の声に、私はあふれそうになる涙をこらえながら、ギュっと両手を握り締めた。 白龍を好きになって、諦めなくちゃならないと自分に言い聞かせて、それでもサヨナラは言えなくて・・・・・・思い出にするのは嫌だった・・・・・・そんな日々が嘘のよう。 私の好きな人は、私を好きになってくれたんだ。 心臓が煩いくらいに高鳴ってくる。 眠れない・・・・・・こんな状態で到底眠れそうもなかった。 思わず私から抱きついてしまいそうだった。 私のタイムリミットは、案外短いかもしれない。 そうだ、きっと私の恋患いはまだ治っていないんだ。 私は意味もなく、白龍の手と自分の手を重ね、その大きさの違いを確認していた。 明日の朝、白龍に何度も起こされることになるとは、まだ知らずに。 |
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| [ 了 / Time limit ] |