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Sleeping beauty
writen by NONON
茨のベッドに横たわり、終わらない夢を見る。
空の色も風の匂いも月の満ち欠けも知らず、変わらない美しさを抱いて彼女は眠り続ける。
「このお姫様、オリヴィエ様みたいですね」
光と影を宿した青緑色の瞳には、不自然に笑う男の歪んだ顔が映っていた。
「さて・・・と、これで全部かな?」
ベッドの上に広げたトランクの口を閉じ、オリヴィエは周囲を見渡した。
厳選したセンスの良い小物達で埋まっていた寝室は、がらんと色を失い、同じく白いシャツと黒いパンツ姿のモノクロの自分が違和感無く溶け合っている様に苦笑する。
ドレッサー、キャビネット、小さなバーカウンター・・・・・。
わずかに残された、飴色に馴染んだ美しい艶を持つ、お気に入りの家財道具をひとつひとつ眺め、小さな溜息をついた。
ごめんよ。
あんた達は連れて行けないんだ。
明日、自分はこの聖地を離れる。
夢の守護聖の任を終え、ここへ来る前まで歩んでいた普通の生活に戻るのだ。
なんか、イマイチ実感が沸かないんだけどさ。
それも無理のないことだと思う。
聖地に来て、まだたった3年。
首座を含めた年齢も任期も上の守護聖を差し置いて、自分だけが早々とサクリアを喪失してしまった。
歴代の守護聖の中でも5本の指に入る短命な任期という話だ。
やる気のない守護聖は用ナシってことかな。
クッと、オリヴィエの薄い唇から笑みが洩れた。
さんざん逃げ回った挙句にこの地へと降り立った頃は、面倒を嫌い、諍いを避け、ただただサクリアを宇宙の望み通りに垂れ流しては、その最後が尽きるのを待っていた。
ドレス、宝石、酒、音楽、絵画・・・・・この世のあらゆる美しいものを無尽蔵に手にし、消費することだけを生きがいにして。
『私は、楽しくない時には笑えません。オリヴィエ様みたいに』
そんな中で迎えた、二度目の女王試験。
新しく生まれた宇宙の初代女王となった栗毛の少女の射るような強い視線に捕らえられた時に背筋を流れた汗の冷たさを、オリヴィエは昨日のことのように思い出した。
・・・・・あれは効いた。
殴られて目覚めたように己を恥じた。
覚悟を決めて従う素振りを見せながら、心の中で唾を吐く。
そんな、明らかな抵抗を見せていた鋼の守護聖よりもずっと劣る行為を、まだ10代の少女に諭されたことを。
頑張ったんだけどねえ、あれからは・・・さ。
何度かの再会を繰り返し、その都度輝きを増す少女が眩しかった。
何も変わらない日々の中、それだけが生きている実感だと思えるほどに心惹かれ、無我夢中で追いかけた。
そうして、いつの間にかそんな自分に笑顔を見せてくれるようになったことを誇らしく思い始めた矢先、忽然とサクリアが消失した。
驚きより悲しみが先立ったことが、自分でもショックだった。
「ケチな話だよ。もうちょっと待ってくれてもいいのにさ」
恨みの言葉を呟き、オリヴィエはトランクをベッドから引き摺り降ろす。
せめてもの強勢を張って最低限の日用品だけを詰めた唯一の財産が、かたん!と中身のない音を立てることすら苛立たしく感じた。
異なる宇宙に住まいながら、わずかでも彼女と逢えるのは、自分が守護聖だから。
下界に降りてしまえば、もう二度と逢うことは叶わない。
見上げる空すら繋がっていない。
・・・まさか、こんなにキツイことだとはね。
失って初めて知る痛み。
あれほど毛嫌いした聖地での生活をこんなにまで満たしてくれた一人の少女・・・アンジェリーク・コレットの存在。
ついさっきまでここで別れを惜しんでくれた仲間達にまで、一瞬言葉を詰まらせてしまった自分を、オリヴィエ自身どう扱っていいのか分からなかった。
ああ、わかってるさ・・・これからゆっくり考えてくしかないってのは。
ありがたいことに、時間だけはあるんだろうし。
まだ青年と言える自分の今後に溜息をつきながら、オリヴィエはベッドの縁に腰掛け、ぼんやりと宙を眺める。
どんなに追い払おうとも消し去ることの出来ない面影に目を閉じ、天井を仰いだままドサリと後ろへ倒れた。
このまま眠れれば楽なのに。
・・・・・おそらく今夜は眠れない。
こめかみの奥が疲労したように、キリキリと痛む。
明かりを落として夜を招き入れながら、否応なしに自分をこの地から排除する夜明けを待ち遠しくさえ思った。
・・・意気地のない男だね、私ってヤツは。
聖地を去ることを、オリヴィエはアンジェリークに伝えていなかった。
驚きに目を見開きながら、「お元気で」とたった一言口にされるのが辛すぎて。
「好きだ」と告げることも、「サヨナラ」を言うことも出来ずに、オリヴィエは最愛の少女の前から姿を消すつもりでいた。
情けないハナシさ。
本当に“眠り姫”の心境だよ。
長い髪を広げ、深々と羽毛に沈む自分の姿を高みから想像して、オリヴィエはある日のアンジェリークの言葉を思い出した。
“Sleeping beauty 〜眠れる森の美女〜”
魔女の呪いにかかったお姫様が、勇敢な王子のキスで目覚めるお伽話。
美しい画集に添えられた一節に興味を示したアンジェリークに、オリヴィエは物語の内容を語って聴かせた。
『同じお姫様でも随分違うよねえ?守護聖従えて宇宙を導くあんたは、茨の森を剣で突き進む王子の方が似合いだよ』
オリヴィエは、アンジェリークの潔さを、少しからかいながら褒めたつもりだった。
だが、そんな言葉も耳に入らない様子で、横たわる美姫と白馬に跨る騎士の幻想的な描写をじっと見つめていた少女が、背後から覗き込む男の含み笑いを瞳で遮って言った。
『このお姫様、オリヴィエ様みたいですね』
―――――澄んだ水底には、差し込む陽の光のまばゆさと、優しくたゆたう闇の気配。
告げて逸らしたその一瞬に、オリヴィエは言葉を失い、何でもいいから大声で叫びたくなった。
は!・・・まったく、お見通しさ。
私の狡さも弱さも、あの子の前では隠しようがない。
綺麗な夢だけを見て、いつか誰かにここから連れ出してもらうことだけを願っていた眠り姫さ。
この地で生きることを余儀なくされた男のなれの果て。
僻みと諦念を完璧な笑顔で隠し、見返りとばかりに愚かな妄想に耽る。
・・・・・だから、聖地は吐き出すのだろう。
履き違えた夢のサクリアを正しき力に変えるため。
・・・・・なーんて、ね。
ホントに、単なる偶然だろうけどさ・・・・・。
自嘲気味にクツクツと笑い、寝返りをうつ。
膝を折り、半身で横たわると長い長い溜息が洩れた。
そう思える方が、いっそ楽なのだ。
聖地を去り、輝ける存在から排除されるに相応しい“資格”
いつの間にか、こんなにも愛しいモノ達に溢れた地を去りがたく思う気持ちに、オリヴィエは気付きたくなかった。
ここでなくても、夢が見れるかな・・・・・。
真白き翼。
清かに流れる栗色の髪。
湖水色の水面にさざなう微かな笑み。
その身を纏う気は、凛と響いて不浄を払う―――――近くて遠い月の光のように。
・・・・・ホントは、私があんたを攫いたかったよ。
揺らぐダークブルーを静かに伏せる。
目蓋の裏に浮かぶひとつの影に想いは揺れ、滑り落ちた長い金色の髪で表情を隠すオリヴィエは、ひとりきりの夜を乗り切るため、きつくきつく瞳を閉じたのだった。
・・・・・・・・・・ガタ、ン。
・・・・・・・・・・ガ、ガタガタ・・・・・ガチャ。
・・・・・・・・・・キイ・・・・・バサッ。
「・・・・・?」
オリヴィエはベッドの上で半身を起こした。
・・・・・・・・・・ヒュウ・・・バサバサ・・・・・。
「・・・・・風?」
・・・・・・・・・・ヒュウ・・・バサ・・・・バサ・・・・・。
闇の中、濃紫のカーテンの合わせ目が開き、ピュアホワイトのレースが内側へと大きく膨らんでた。
「窓が開いてる・・・なんで・・・・・」
「オリヴィエ様・・・」
「!?」
「オリヴィエ様・・・・・」
・・・い、今の声は・・・・・!
心を引き攣らせながら、オリヴィエは視線を上げた。
「・・・・・・・・・・ア、アンジェリーク・・・!?」
静かな気配だけを響かせ、降り立つ月の光のように佇んでいたのは、紛れもなくオリヴィエの全てを支配する聖獣の宇宙の女王、アンジェリーク・コレットだった。
「・・・・・・・・・・」
その問いかけに答えるように、アンジェリークが、ゆっくりと羽織っていたマントのフードを取る。
開け放たれた窓から流れる蒼白い光を背に受け、流れる清水のごとく輝く長い栗色の髪がオリヴィエの頭上でさらりと揺れる。
覗き込むようにじっと注がれる清廉な視線に、オリヴィエは身震いした。
「・・・ど、どうして・・・あんたが、ここに・・・・・!?」
少しでも気を抜くと、そのまま吸い込まれてしまいそうな青緑色の瞳。
混乱しつつも、「ああ、この瞳に魅入られたのだ・・・」と狂おしく思ったと同時、ふっと光を緩めて微かに柔らかく瞬いた一瞬に、オリヴィエは我に返った。
「・・・!」
オリヴィエは、咄嗟に身を固くして睨み返す。
これ以上囚われてしまうと、もう二度と抜け出せない・・・・・!
「・・・な、何しにきたんだい?寝込みの男を襲うなんて、悪い女王様だね」
破裂しそうな心臓の鼓動を押さえ込みながら、やっとの思いでそれだけを口にした。
「・・・・・攫いにきました」
「・・・え?」
「姫を助けにきたんです」
そう言って、にっこりと笑ったアンジェリークを、オリヴィエはただ呆然と見上げた。
「このまま何も言わず、聖地を去るおつもりですか?・・・あんなに私を呼んでいらっしゃるくせに・・・・・」
「・・・ア、アンジェ・・・・・」
「・・・オリヴィエ様。・・・冷たい頬。・・・・・私が、暖めてあげます・・・・・」
「!?ア、アンジェリー・・・ク・・・・・ん・・・・・っ!」
するりと伸びてきた白い指先が、そっと顔の輪郭をなぞったかと思うと、オリヴィエの唇にアンジェリークの唇が重なる。
驚きのあまりに咄嗟の反応も見せられなかったオリヴィエは、易々とその口付けを受け入れていた。
・・・なっ、どうなってんの!?
そう思いつつも、降りてくる体温と芳香は次第に濃さを増し、情熱的な舌の動きが戸惑いを脳内の端へ端へと追いやっていく。
ベッドの上で肘をつき、天井を仰ぐ形の自分の胸に、愛しい少女の熱さと重みを感じた瞬間、オリヴィエは何も考えられなくなった。
ああ、アンジェリーク・・・・・!
絡み合う吐息が理性を侵し、くぐもる声に本能が激しく突き動かされ、オリヴィエは覆いかぶさる小さな影に両腕を伸ばし、細い腰を引き寄せる。
白い素肌の上を這うように動く手首を掴んで引き剥がし、アンジェリークを巻き込むように身体を反転させた。
ドサ・・・ッ!
オリヴィエはベッドサイドの明かりを灯した。
「・・・・・オリヴィエ様・・・」
組み敷いた少女の胸元は赤く染まり、静かに、そして大きく上下に動いていた。
「なんで・・・・・あんた、なんで・・・・・!」
嗚咽のように言葉が洩れる。
歯を食いしばり、アンジェリークを見下ろす美しい素顔は苦しげに歪んでいた。
「愛しているんです」
微動だにしないアンジェリークが、きっぱりと言い放った。
「・・・・・私がこの世で一番幸せにしたいのは、オリヴィエ様なんです」
それは、使命感でも義務感からでも、まして同情でもない。
アンジェリークが役目を負いたいと思うのは、オリヴィエの笑顔を守ること。
宇宙一の煌きと美しさを湛えた男の心が欲しいのだと、アンジェリークのよく通る涼やかな声が、はっきりとそう告げた。
「だから攫いに来たんです。・・・黙って、消えてしまうおつもりだったから」
「アンジェ・・・・・」
「気付いてないとお思いですか?・・・ずっと、ずっと、私を求めていらっしゃったでしょう・・・・・?」
やがて、気丈に張り詰めていた少女の表情が悲しげに曇り始める。
羞恥に染まっていた肌は少しずつ冷えて色を失い、重ねた手のひらは小刻みに震えだした。
「・・・なのに、そうやってオリヴィエ様は、全部自分で抱え込んでしまう。私の想いなんか無視して・・・!」
急に溢れ出した大粒の涙が、オリヴィエの二の句を奪う。
泣き顔を見られまいと、身体を捩って瞳を逸らす少女の仕草に衝撃を受けながら、ちぎれんばかりに胸が痛んだ。
「私だって、ずっと、ずっと、オリヴィエ様が好きだったのに・・・ッ!」
―――――モノクロームの風景は反転し、世界は光と色を取り戻す。
ああ、なんって馬鹿なんだろう、私は!
凍えた胸を突き抜けた熱風。
くらり、と眩暈を感じて、オリヴィエは深く息を吐き出した。
目覚めの口付けを待ちながら、王子の苦しみなど露知らず、綺麗な夢だけを貪る美姫。
魔女にかけられた呪いの真実は、“眠る”ことじゃない、“目覚めようとしない”こと・・・・・。
どくどくと脈打つ鼓動。
オリヴィエは慎重に言葉を選ぶ。
出来るだけ誠実に、素直に、そして簡潔に。
アンジェリークの捨て身の勇気には、どれだけの喜びと感謝を口にしても足りないだろうと思った。
「アンジェリーク・・・私は、あんたのものさ・・・・・」
乞うように、願うように。
背けた視線の先に、美しい笑顔を翳して。
「攫ってくれるかい?あんたの宇宙に・・・・・」
茨の森を切り抜けて、ここまで辿り着いた、傷だらけの私の王子。
偶然なんかじゃない。
ふたりは互いに惹かれ合った。
「オリヴィエ様・・・・・」
「もう、泣かないで。あんたの涙は、キスより辛いよ・・・・・」
切ない想いで優しく微笑んで、オリヴィエはアンジェリークの目蓋に口付ける。
・・・・・しばらくは無言で、ダークブルーの瞳の奥を深く深く覗き込んでいたアンジェリーク。
やがて、何かを見取った青緑色は瞬いて輝き、不安に濡れていた水底に、再び澄んだ明るい光が舞い戻った。
「・・・・・はい!」
「・・・ふふ、あっははは・・・いい返事だね☆」
心地よい声に心を満たされながら、オリヴィエはアンジェリークを抱き締めた。
それまで漠然と流してきた時間の隙間を埋めるように、強く優しく。
そして、小さな耳元に唇を寄せ、吐息混じりに低く甘く囁いた。
「・・・ねえ、だからもう一度キスして、アンジェ。今度こそ、二度と眠れなくなるくらい熱いヤツで、さ・・・・・」
“目覚め”の次は“あいさつ”を。
・・・・・言葉はいらない。態度で示して。
途端に腕の中の少女の鼓動は駆け足になり、瞳を大きく見開いてオリヴィエを見上げる頬に赤みが差すと、重ねた体温は急上昇した。
ふふ・・・なんて素直な王子様だろうね?
これじゃあ、助けられたはずのお姫様だって虜になるはずさ。
「オ、オリヴィエ様・・・・・」
堪えきれず洩れたアンジェリークの声は艶めいて。
やがて、ぎこちなく宙を彷徨っていた細い腕を背中に感じると、オリヴィエは再び部屋の明かりを落とした。
―――――開け放たれた窓から細く差し込む蒼く白い月の光だけが、ふたりの影を朧に照らす・・・・・。
やがて、眠れないはずだった長い夜は、恋人達の名と熱い吐息で埋め尽くされ、夢の守護聖だった男は、彼の愛する少女の宇宙で新たな夜明けを迎えたのだった。
fin
Happy birthday, Olivie!
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